石川博品 『先生とそのお布団』 (ガガガ文庫)

先生とそのお布団 (ガガガ文庫)

先生とそのお布団 (ガガガ文庫)

先生がうなずく。「いいぞ、その意気だ」

「あれ? 『天狗になるな』とかいわないんですか?」

「すべてが低水準なのだからせめて鼻くらいは高くしておいてやりたい」

「優しさですねえ」

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デビューしてから一度も売れたことのないライトノベル作家,石川布団.スーパーのバイトでなんとか食いつないでいた彼は,人語を解する不思議な猫の「先生」と一緒に暮らしていた.

2012年から2017年にかけて,売れない三十路作家の石川布団と先生ことしゃべる猫の共同生活を描いた私小説風小説.調子に乗っては叱咤され,書けなくなっては励まされ,打ち切られては励まされ,失恋しては励まされ,という優しい日々をユーモアたっぷりに描いている.語り口は非常に静かで淡々としているのだけど,「売れない作家」の悲壮感はほどほどにオブラートに包まれており,全編に優しさが溢れている.本当は優しいだけの日々ではなかったんだろうな,というのは作者のことを知っていれば容易に想像できる.でもオフトンの眼を通して見れば,先生と過ごした時期は幸せなものでもあったんだろうな,ということも想像できてじわっとしてしまった.とても良い私小説でした.

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今慈ムジナ 『年下寮母に甘えていいですよ?』 (ガガガ文庫)

年下寮母に甘えていいですよ? (ガガガ文庫)

年下寮母に甘えていいですよ? (ガガガ文庫)

「私はこの日和寮の寮母さん。九段下あるてと言います。おかーさんと呼んで下さい」

たったひとりの肉親だった祖父を亡くし,アパートを追い出されることになった高校生の四ノ宮優斗.次の住まいを探していた優斗の前に,中学生にしか見えない自称おかーさん,九段下あるてが現れる.あるては自身が寮母を勤める高校の学生寮に住むようにと提案する.

両親と祖父を亡くし,誰にも頼らず生きることを是としてきた高校生と,誰も彼も甘やかさずにはいられない謎の少女(おかーさん)がひとつ屋根の下で邂逅してしまう.デビュー作『ふあゆ』(感想)以来の二作目.ハシビロコウの頭を持つ殺人鬼の話から作風をガラリと変えて……と思いきや,実はそれほど変わっていないのかもしれない.後半は思いがけない方向にかっ飛んでいった.ラブコメでキャラクターの言動が噛み合わないのはまあそういうものだけど,理由付けは一風変わったものだと思う.ただ,それがわかるまでのテキストが全体的に固くて読みにくいし,わかったところで変な気持ち悪さしか残らないような.個人的には今ひとつでした.

円居挽 『その絆は対角線 日曜は憧れの国』 (創元推理文庫)

その絆は対角線 (日曜は憧れの国) (創元推理文庫)

その絆は対角線 (日曜は憧れの国) (創元推理文庫)

別に大好きではないが決して嫌いでもない……そうやって続く関係があってもいいではないか。それに自立した大人同士の付き合いというのは、案外こういうものかもしれない。

だから千鶴は、精一杯の意地悪な笑顔で真紀にこう言った。

「だって神原さんが間違った時は、わたしの出番ですから」

4人の女子中学生の,カルチャーセンターでの日曜だけの交流と日常の謎を描く.シリーズ二巻.語りては学校も生活環境もぜんぜん違う少女たちだけど,基本的に登場人物たちは皆とても頭が良い.お互いの持つ問題意識や相容れないものは明確に理解しており,筋道が通っている.良い意味でストレスがない.「若い頃をどう生きるか」というテーマで書かれたとのことで,四者四様,自分をしっかり持った少女たちの生きざまに,背筋が伸びる思いでありました.あと,前も書いた気がするけどあとがきがいいんだよね.それぞれ方向性は違うのだけど,個人的には深見真,紅玉いづき,円居挽が三大あとがき作家だと思っております.

入間人間 『デッドエンド 死に戻りの剣客』 (メディアワークス文庫)

デッドエンド 死に戻りの剣客 (メディアワークス文庫)

デッドエンド 死に戻りの剣客 (メディアワークス文庫)

柳原が側にいる限り、私は剣を捨てられない。

私の運命というやつを定めているのは、もしかするとやつなのかもしれなかった。

同時に入門し,ともに競い合った幼い頃からの同門にして,一度として敵うことのなかった仇敵との,最初で最後の真剣勝負.斬られたはずの私は,気がつくと決闘の直前にいた.斬り殺されるたびに時間が巻き戻される.私の剣があの男に届くまで.

宿命の相手を殺すまで,死んでも死んでもその直前に巻き戻される.あるひとりの剣客の奇妙な半生を描いた,少し不思議な時代劇風小説.死に場所を求めさすらううちに辿り着く場所は終わりなのか,始まりなのか.とある藤子・F・不二雄のSFを思い出した.

どこか煮え切らない印象の語りが,物語と素晴らしく噛み合っていたと思う.強く憎んでいるわけではなく,むしろ敬意と友誼すら感じさせる相手を,本気で斬り殺さなければならない,という感情の発露にぞくぞくする.男と男の決闘から始まる小説なんだけど,感情の表現には不思議と百合を感じた.入間人間の百合小説が好きならこれも読んでみるといい.とても良い小説でした.

北野勇作 『大怪獣記』 (創土社)

大怪獣記 (クトゥルー・ミュトス・ファイルズ)

大怪獣記 (クトゥルー・ミュトス・ファイルズ)

恐竜でも怪物でもなく、怪獣。

その感覚は本当によくわかるのだ。

ある日,作家である私は,初対面の映画監督から映画の小説化を依頼される.要はノベライズだろうかと訊ねると,そうではなく「映画の小説化」であるという.この町を舞台にした企画書には「大怪獣記」というタイトルが書かれていた.

北野勇作の描く怪獣小説.クトゥルー小説でもある.未完成のシナリオを受け取り,映画の撮影に付き合いという日々の中で,夢と現実と虚構と過去が入り混じってゆく.懐かしさと空虚さが混在するいつもの北野勇作の作風なんだけど,「怪獣」が登場するフィクションに何を求めるかというこだわりが強くにじみ出ていたと思う.「恐竜でも怪物でもなく」あくまでも大怪獣であり,あくまでも「映画の小説化」という部分にこだわる監督の姿が印象に残った.なるほど,こういうのも怪獣小説なんだなあ.