阪本良太 『名犬ミケは左きき』 (スーパーダッシュ文庫)

名犬ミケは左きき (集英社スーパーダッシュ文庫)

名犬ミケは左きき (集英社スーパーダッシュ文庫)

「この子犬を拾ってください。名前はミケです」.道ばたの段ボール箱に座っていたのは犬耳を生やして自分は犬だと主張する中学生くらいの女の子.危ない子かと思いきや,ミケが女の子の姿に見えるのは洋輔だけらしい.変なのは洋輔なのか,ミケなのか?
ヒトの姿をして人間の言葉で会話し,ヒトと同じ生活を営みながら,洋輔以外のひとたちはミケが子犬だと当たり前のように言う.といっても話の主眼はミケにはない.犬娘が押しかけてくること以外はほんとになんということのない話.幼馴染みと喧嘩してはなんとなく仲直り(ほんとに理由らしき理由がない)したり,いっしょに食卓囲んだり,びっくりするほどなにも起こらない.広義のマジックリアリズム? だからといって退屈ということもなく,穏やかな日常をそれだけで読ませてくれるのがいい.ほぼ一話を費やして描かれる,曾祖母の通夜と集まった親戚一同の和やかで静かな夜の様子には懐かしい気分にさせられた.田舎の通夜や葬式って確かにこんな感じだったよなー,みたいな穏やかな集い.まあ幼馴染みとの寝ずの番で線香の薫りに包まれながら曾祖母の思い出を語り合うなんてスイートな経験はありやせんがね.作者がいま何をしているのか情報が見つからないのだけど,とりあえず他の作品も読んだみたいかなと.