ウラジーミル・ソローキン/望月哲男・松下隆志訳 『青い脂』 (河出書房新社)

青い脂

青い脂

もう少し詳しく説明しよう。まず、トルストイ4号。
レフ・ニコラエヴィチ・トルストイの第四代目再構築物(リコンストラクト)。クラスノヤルスクのGWJで人工孵化された。はじめの三体はあまりうまく行かず、相関率が四十二パーセント以上にならなかった。このトルストイ4号は七十三パーセント。こいつは男性で、体重が六十二キロあるのに、身長は百十二センチだ。頭と手が不釣合いなほど大きく、体重の半分を占めている。手はオランウータンのようにどっしりしていて、白く、襞がある。小指の爪は五元硬貨サイズ。どでかいリンゴもトルストイ4号の拳の中では跡形もなく消え失せる。頭は私の三倍もある。頭の半分を占める鼻は、曲がってでこぼこしている。濃い剛毛の眉、涙の滲んだ小さな目、巨大な耳、それから、一本一本がアマゾンに生息する水生の蛆虫を髣髴とさせる、膝まで伸びたどっしりとした白いあごひげ。

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「愛してる」フルシチョフはポマードを塗った指導者の髪の中にぐったりと呟いた。
スターリンは彼の手を取り、唇に近づけてキスした。フルシチョフは自分の陰茎を指導者の肛門から慎重に抜き出そうとした。
「離れないで、お願い」スターリンは爪の伸びすぎた骨ばった彼の指にキスした。「君の精液は熱いね。まるで溶岩みたいだ。それを自分の中で感じるのが信じられないほど気持ちいい……」

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2068年.東シベリアの遺伝子研究所では,7体の文学者のクローンが作品を執筆させられていた.トルストイ4号,ドストエフスキー2号,ナボコフ7号…….彼らの体内に蓄積される謎の物質「青脂」を奪ったロシアの大地と交合する教団は,スターリンヒトラーがヨーロッパを二分する1954年のモスクワに青脂を送り出す.
スターリンヒトラーも生きている改変世界でわっちゃわちゃ.ロシアの怪物が贈るソヴィエトオールスターSF小説.中国語をベースにした造語の数々に,異形のクローンたちが書く偽文学.なんだこれと思っていたら,時代はソ連にタイムトリップ.フルシチョフ×スターリンの濃厚なホモセックスあり,ヒトラースターリンの娘のアナルセックスあり.青い脂とはけっきょくなんなのかと思ううち,壮大なのかよく分からないラストを迎える.やー,面白かった.頭の良いひとの悪ふざけとはこういうものだ,って感じだ.ドタバタっぷりはどこか筒井康隆っぽくもある.ちゃんと面白がるには私の教養が足りてない(特に文学クローンの著作が並ぶ前半)んじゃないかなー,という気もしたけど,まあ気にすることでもないやね.皆も読んでみるといい.