ヴィクトル・ペレーヴィン/尾山慎二訳 『宇宙飛行士 オモン・ラー』 (群像社ライブラリー)

宇宙飛行士オモン・ラー (群像社ライブラリー)

宇宙飛行士オモン・ラー (群像社ライブラリー)

月の夢を見た――子供のころ、ミチョークが話していたような月だ。黒い空、淡い色のクレーター、遠い山並み。地平線の上空で赤々と燃える太陽の球に向かって、顔の前に前足を上げた熊がゆっくりと滑るように歩いていく。熊は胸には英雄の金星勲章をつけ、苦しげに牙をむきだした口の端には血の筋がこびりついている。ふと熊は立ち止まると、顔を僕に向けた。僕は熊が見ていることを感じて、顔を上げ、静止した青い眼をのぞきこんだ。
『俺もこの世も、ぜんぶだれかの想念にすぎない』と熊は穏やかに言った。

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子どものころから月に憧れつづけた少年オモンは,晴れてソヴィエトKGB第一課付属機密宇宙学校への入学を果たす.アポロが月の表側への到達を果たした現在,ソヴィエトが目指すのは月の裏しかない.オモンは宇宙用自動機械のひとつ,月面走行車(ルノホート)パイロットに選ばれる.
オモンが見た現実と,幻想と.ロシアの村上春樹と呼ばれるペレーヴィンの描く,ソヴィエト宇宙開発(?)SF.ある少年の成長物語……だと思ったのは最初だけ.強烈すぎるブラックユーモアにまぶされた残酷で幻想的でユーモラスなストーリーに,ドン引きしながらも引き込まれてしまう.ポパジヤ親子とキッシンジャーと熊のエピソードとか,ソヴィエトの自動機械(人力)や多段式ロケット(人力)の構造とか,面白いんだけど普通にひくわー.引きながら笑っちゃうわー.現実と幻想と内的宇宙のシームレスな美しさにも惹きつけられた.あまり考えずともさらっと読めてしまう話なので,しっかりした解説がついているのが自分のような凡庸な読者にはとてもありがたかった.楽しゅうございました.