さがら総 『変態王子と笑わない猫。9』 (MF文庫J)

なんとはなしに、オスカー・ワイルドの『幸福な王子』のストーリーを思い出した。
宝石をすべて失った幸福なる像は、後悔など決してしないだろう。
燃やされることに抗わず、世界を受け入れるだろう。
でも月子ちゃんがそこにいたら、断固としてあんな結末を認めない。王子を燃やす炎を消し止めて、一から王子さまを作り直すことを選ぶのだろうか。
それはなんだか、カトリックの教える大罪のように強欲で傲慢で悪食で激情家で嫉妬深く――それらにも増して、ひときわ純真な考え方だと思った。
そして、どこまでいっても、ぼくとは相いれない。

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鋼鉄さんの国立大学前期試験も終わり,合間の息抜きにスケートにやってきた横寺くんたち一行.束の間の休息を満喫する彼らだったが,しかし,横寺の前に現れた猫神が告げたのは一言,「あの娘、もうすぐ死ぬよ」.
オスカー・ワイルドに根っこを置きながら,陽人と月子の「幸福」に対するスタンスの違いを際立たせるシリーズ九巻.大きな仕掛けは珍しいものではないのだけど,相変わらず信用の置けない横寺の語りとかっこいいテキストが稀に見る悲壮感を生んでいる,のだと思う.読者の自分があと20年若かったら確実にめんどくさいこじらせ方をしたであろうタイプのかっこよさだよ.みんながみんな,自分よりも相手の幸福を願って行動しているはずなのに,歯車はどんどん狂っていく,というのを非常に独特で魅力的な角度から描いていると思う.ただ,いい加減話を引き伸ばしすぎだよね,とも.今のところ楽しんでいるからいいんだけど,引き伸ばしすぎてダメになった作品はいくつもあるので期待半分不安半分.どこかのタイミングですっきり幕を引くことが出来れば,普通に傑作と言える作品になるはずなんだが,どうなるか.