倉田タカシ 『母になる、石の礫で』 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

ビューダペストは、母星の変化を、予想通りの暗黒社会の到来とみなしていた。
人々は監視され、方向づけられて、欲望が均質化されているといった。
俺には、欲望のバリエーションは無限にあるように思え、これほどの混沌をそう表現できてしまえることが不思議だった。

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かつて不自由な地球から脱出した12人の〈始祖〉.小惑星帯にコロニーを構えた彼らによって生み出された〈二世〉の虹,霧,針と,〈新世代〉の41は〈始祖〉とは離れた場所で〈巣〉をつくり,〈母〉とともにそれぞれの生活を送っていた.あるとき,〈母星〉から近づきつつある構造物の存在に気づいた虹たちは,対策を練るために7年ぶりに〈始祖〉のもとへと赴くことにする.
〈母〉とは3Dプリンタの進化したようなもの.新しい〈母〉の像を浮かび上がらせる,第2回ハヤカワSFコンテスト最終候補作.序盤でものづくりをテーマにしたSFなのかなと思いきや,地球近海を舞台にしたスペースオペラへと転調してゆく.あらすじと作者の名前からは想像できなかったけど,良い意味でシンプルなヤングアダルトSFになっていると思う.劇場アニメで観てみたい.
資源と設計図から望むものを創造する〈母〉から生まれた主人公たちの〈始祖〉への反発の気持ちはすごくよく分かるのだけど,逆の立場もまた分かるのよね.規制によってがんじがらめになった暗黒の地球を脱出し,新しい人類の〈始祖〉となったはずなのに,自分たちで創造した子どもたちには反発され,いつの間にか旧世代になってしまっていた技術者・科学者たちの悲しさ.明示はしていないかもしれないけど,相反する視点で読めるのも良いヤングアダルトたらしめているところなのかな.