宮内悠介 『アメリカ最後の実験』 (新潮社)

アメリカ最後の実験

アメリカ最後の実験

この国はね、脩――これまで、常に先鋭的であろうとしてきたんだ。
俺たちは国としての基盤もないなか、言語も文化も違う人々をまとめるところから始めなければならなかった。先住民の問題もあった。信じられるか? 独立の際には、たくさんのイギリスの植民地が一つの国になるのかどうかも曖昧だったんだ。
いわば、一つの巨大な擬似家族だな。
人為的な国民統合のために、この国はさまざまな実験を繰り返してきた。

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ジャズの名門音楽院〈グレッグ音楽院〉の受験のため,アメリカ西海岸を訪れていた日本人の脩.彼のもうひとつの目的は,家族を捨て音楽院に入学したまま行方知れずになった父を探すことだった.父が姿をくらます直前まで一緒にいた女性と,父の使っていた楽器〈パンドラ〉の手がかりを得た脩だったが,二次試験の会場で殺人事件が起こる.そこには「The First Experiment of America(アメリカ最初の実験)」という走り書きが残されていた.
音楽はゲームだ,音楽に心はないというひとりの日本人を中心に,音楽に対する様々なスタンスを持つ人々を描く群像劇にしてサスペンス.「音楽」が持ちうる力(あるいは無力さ)を描いてゆく.“「音楽は、突き詰めれば人間に対するハッキングだ」”という者がいて,音楽への信仰を捨てきれなかった現実主義者もいて,アメリカという土地の持つ特殊性,精神性もあって.謎の楽器〈パンドラ〉の効果を始め,いまいちピンと来ないところも多かった.自分に音楽の教養がないせいだと思うけど,SFらしい細かい説明を,たぶん意図的に避けているのもあるのかな.それに対し,演奏中に見える情景は非常に豊かに美しく描かれる.なんとなく,書き方によってはSFになったものを,あえてそうしなかったように見えた.この題材ならSFにしたほうがずっと簡単だと思うのだけど,なぜそうしなかったのかはよくわからない.面白いつまらない以前に,自分には消化しきれなかった感覚のほうが強い.