乙野四方字 『僕が愛したすべての君へ』 (ハヤカワ文庫JA)

ふと、思い出した。自分が今どこの世界にいるのか分からない。そう言えば、昔はそれが当たり前だったじゃないか。
ある一人の科学者によって並行世界の存在が実証され、実は人間は無自覚に、日常的に並行世界を移動しているのだと判明してから数十年。それは今でこそ小学校で教えるくらいの一般常識となっているが、昔は並行世界なんて概念はフィクションの中にしか存在しなかった。あの頃に戻ってしまったというだけのことじゃないのか?
あの時、並行世界というものは、あまりにも突然僕の前に現れた。
僕が初めて並行世界というものを意識したのは、ちょうど一〇歳になる時だった。

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人々が並行世界の間を日常的に揺れ動いていることが実証された世界.両親の離婚によって,母親と暮らしていた高崎暦.進学した高校でなかなか友人を作れずにいた彼に,ある日突然声をかけてきたのは,クラスメイトの才女,瀧川和音.彼女は,85番目の世界から移動してきており,そこでの暦と和音は恋人同士なのだという.
『君を愛したひとりの僕へ』(感想)と対になる,並行世界のボーイ・ミーツ・ガール.彼女のすべての可能性を愛することを決めた男の一生を描いた物語.主人公が普通の高校生なので,『君を〜』に比べると「虚質科学」の説明が少なめ.離散的に説明される並行世界だとか,世界に関する認識がいくらかふわっふわしている気がするのは意図的なものなのかな.二冊の導入が,それぞれの序章であり終章であるという構成は存分に生かされていたと思う.幸せな序章であり,幸せな終章になっていた.個人的にはこちらを後に読んで良かった.逆だったら切なさで死んでいたかもしれない.良いものでした.順番は任せるので,併せて読むといい.

並行世界で違う女性を愛した1人の男の、2つの人生の物語。


『僕が愛したすべての君へ』
『君を愛したひとりの僕へ』


6/23、2冊同時発売。
最後に切なくなりたい人は『僕が』から、穏やかになりたい人は『君を』から読んでください。

乙野四方字さんのツイート: "並行世界で違う女性を愛した1人の男の、2つの人生の物語。 『僕が愛したすべての君へ』 『君を愛したひとりの僕へ』 6/23、2冊同時発売。 最後に切なくなりたい人は『僕が』から、穏やかになりたい人は『君を』から読んでください。 https://t.co/uXceYk6UBd"

ところで,作中で使われる「アインズヴァッハ」という用語は,明らかに赤月カケヤをリスペクトしているよね.『キミとは致命的なズレがある』(感想)と「俺が生きる意味」(感想一覧)には,「何十年か前の作家」の言葉としてそのままの意味で「アインズヴァッハの門」が出てくる.作風はかなり違うのだけど,興味が湧いたらこっちも併せて読んでみるといい.