石川宗生 「吉田同名」 (東京創元社)

現在、大輔氏は群として言わば飽和状態にあり、どの施設でも混淆の極地に達している。今後果たして「完全なる他者に向かって散逸していく」のか、「自己平衡状態に落ち着く」のか、はたまた「このまま自他とも交差しない漸近線に収束する」のか、私たちの間でもさまざまに意見が分かれている。どの終局が大輔氏にとり最善なのかも定かでない。
それでも私たちには、私に最も知悉しているという自負がある。

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吉田大輔氏は,ある日一瞬にして19329人となった.第7回創元SF短編賞受賞作.突如約二万人に増殖した結果,社会から切り離され,「自分」しかいない環境に放置された大輔氏が,社会と文明を再構築する過程を描くという,思考実験のような小説.舞台や雰囲気が『〔少女庭国〕』(感想)っぽいかなと思ってたら,選評でも触れられていた.全員自分だからこそ形成しうる社会の秩序といびつさは面白いけど,掘り下げ切れてないところもある気がする.大輔氏みたいな内向的・多趣味ではないひとが増殖していたらどうなってたのとか.「吉田大輔語」もインパクトはあるけど出落ちじゃね,とか.短編賞だから仕方ないけど,もう少し長い尺で読んでみたいかも.長中編版が出ないかな.