石川博品 『メロディ・リリック・アイドル・マジック』 (ダッシュエックス文庫)

下火が歌いだし、ナズマは涙をこぼした。幻の放つ光が涙の粒で砕け、視界いっぱいに散りばめられた。
音楽の生みだす幻におびえていたこれまでの人生がすべて赦されたと感じた。人にいえないこの特殊な体質がなければ、このうつくしい光は見られない。これを見るために生まれてきたとさえナズマは思った。
下火が歌うたび、新しい幻が次々に生まれていく。やがて世界を埋めつくすのは明らかだった。まばゆい光に包まれていままでの世界が見えなくなっても、ナズマには惜しくなかった。
うつくしい光は、うつくしいというだけで正しかった。

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「アイドルの街」,東京都沖津区では,アイドルたちが日々しのぎを削っていた.高校進学を機に吉貞摩真(ナズマ)が入った学生寮は,アイドルグループの世界°が住むの寮でもあった.しかしナズマはある事情からアイドルを苦手としていた.一方,寮に住む尾張下火(アコ)はアイドルにある罪悪感を抱いていた.
本物のアイドルはここにいる.読んだ皆が言ってるけど,アイドルというよりロックバンドとか,もしくは音楽が関係なければヤンキーかチーマー的なメンタリティがベースになってるよね.アイドルの光,アイドルの魔法を,これぞ石川博品という美しいテキストで描いてくれるのがたまらん.まず目に見える「幻」として表現されたキラキラがあって,やがてそれが別の形で現れる.シンプルな話の作りを存分に生かしていると思う.ナズマとアコ,それぞれの語りがかわいいし,ケツデカのアーシャもかわいい.良い青春でした.