織守きょうや 『301号室の聖者』 (講談社)

301号室の聖者

301号室の聖者

延命治療をするかしないか、その選択を迫られるのは、治療を開始する前だ。
命を延ばすための措置をとるか、とらないか。最初から、とらない、という選択をすることは可能だが、一度つながった命を、絶ち切ることは、原則として選択肢の中にない。
一度治療を始めたら、途中で止めることはできない。機械を止めれば命が失われるとわかっていて、そうすることは「殺人」だという考えが根強くあるからだ。
機械で命をつながれた状態が、どれほど長く続いても、苦痛でも。
こんなに苦しみが続くくらいなら、最初から、自然のままに逝かせてあげればよかったと、後で悔いても、何もできない。
死なないでと祈った相手が、今度は、早く楽になれますようにと、ただ祈るしか。

Amazon CAPTCHA

新米弁護士の木村は,事務所の顧問先である病院の医療過誤訴訟を担当することになる.木村が訴訟に向けて調査や準備を進めるなか,亡くなった患者の入院していた301号室で,立て続けに不審な事故が起こる.
療養病棟を舞台に,終末期医療や医療事故を扱うリーガルミステリ中編.『黒野葉月は鳥籠で眠らない』(感想)と設定を共通しているけど,「黒野〜」は読んでなくても問題なし.現役弁護士である作者の知識と経験が生かされたテーマと,病院の現場の丁寧な描写に胃が痛くなった.きちんとした取材の跡が見て取れる.ただ,メインのテーマと,タイトルになった「301号室の聖者」があまり噛み合っていない気はした.短篇2本分の設定ががっちゃになっているのかなと思った.
「黒野〜」もそうだったんだけど,登場人物全員,頭がとても良く理解がとても早いのが読んでてストレスの溜まらない要因であり,逆に物足りなさの原因にもなっている.人間が書けていないわけではなく,誰もが表には現れないまま持っている悪意や善意がミステリの仕掛けとしてしっかり機能していると思う.このへんは文句を言うのがわがままなレベルではあるのだけど.良かったです.