エラン・マスタイ/金子浩訳 『時空のゆりかご』 (ハヤカワ文庫SF)

時空のゆりかご (ハヤカワ文庫SF)

時空のゆりかご (ハヤカワ文庫SF)

完璧な世界ではなかった。ミスはあった。事故は起こった。野望は挫折した。人々は傷ついた。母親は死んだ。息子はどうして父親が愛してくれないのかわからなかった。妊娠した女性は赤ん坊を望まなかった。自殺する者もいた。

それでもいい世界、まともな世界だった。何十億人もが価値ある人生を送っていた。利己的な者も無私な者もいたが、大半は両方を少しずつ持っていた。だれひとり、ぼくがあわせたような目にあういわれはなかった。

2016年.ライオネル・ゲートレイダーが発明したゲートレイダー・エンジンによって,人類は無限のエネルギーを手にしていた.この輝かしい「未来」は,1965年のゲートレイダー・エンジン起動の瞬間に,時間航行士のぼくが立ち会うことによって消滅した.ぼくの失敗で,未来はまったく別のものになってしまったのだ.

平凡で残念な男が,ちょっとした失敗で輝いていた世界を大きく変えてしまう,時間改変SF.凡人を悲しいほど自覚する男が主人公だけあって,一人称の語りは難しい理論も挟まず(自虐的ではあるけど)非常にわかりやすい.「ここまでのあらすじ」が途中で(二回も)挟まれ,読みやすさではこれ以上ないのではないか.良い意味でシンプルだし,ドミノ倒しのように組み立てられており先が気になってずんずん読み進められる.

父親とゲートレイダーというふたりの大天才を翻弄したひとりの凡才の話,みたいな構図でもあるのかな.何もかも諦めきった天才の息子が,変わる前の世界と変わってしまったあとの世界,それぞれで大切な何かを失い大切な何かを得て,という.まさに「可笑しくも哀しい時間SF」でありました.