比嘉智康 『あの夏、僕らに降った雪』 (角川文庫)

あの夏、僕らに降った雪 (角川文庫)

あの夏、僕らに降った雪 (角川文庫)

  • 作者:比嘉智康
  • 発売日: 2020/12/24
  • メディア: 文庫

「湊さんはわかるかな? 人が完全に無関心な何かを見るときのまなざしって、それはもう、冷たくすらないの。冷たさを感じるほどの間も見てくれないから。目がね、合わないの」

高校2年の夏休み。いとこの悪巧みに乗り、年齢をごまかして治験のバイトに潜り込んだ湊は、深夜の病棟で入院患者の莉子に出会う。あらゆることから関心を失っていく難病、「無関心病」を患い、一ヶ月の余命だという莉子。湊は闘病のドキュメンタリーを撮るという莉子に協力することになる。

わたしはいつか大好きなキミから関心を失ってしまうだろう。北海道の短い夏、最後の恋物語。いわゆる難病もののフォーマットに乗っており、良く言えば安定している。「無関心病」と、それによって失われたものの描写は短いながら鋭い。とはいえ、物語としての新鮮味や面白みはあまり感じられなかったかなあ。

石川宗生 『ホテル・アルカディア』 (集英社)

ホテル・アルカディア

ホテル・アルカディア

このヴァン・ゴッホの亜種は、一部地域の古民家の天井裏に棲息している。ゴッホがいるかどうかを調べるのは簡明で、光源がないにもかかわらず壁一面が星空のように光り輝いていたり、人の耳の断片らしきものがそこらじゅうに落ちていたりしたら、棲息していると判断してまず間違いない(光は蛍光性の体液によるマーキング、耳のかたちをした断片は排泄物だとされている)。天井裏という手狭な環境に適応するため身体が矮小化している一方、目はひまわりのごとく巨大化しており、暗闇のなかで灼然と輝きながら自在にうごきまわる。生け捕りにするのは非常に難しく、もとより希少生物であるがゆえに、発見されるのはミイラ化した死体と相場が決まっている。

ホテル・アルカディアに集まった七人の芸術家たちが、支配人の娘のために綴った物語の数々。多国籍・無国籍な10ページ前後のショートショートを20編以上積み重ね、物語はぐるぐると循環してゆく。奇想、幻想、SFとテーマもモチーフも読み味も雑多でバラバラ。個人的には「チママンダの街」「No. 121393」が好きかな。のんびりゆっくりとページをめくっていけば、きっと気に入る話があることでしょう。

酉島伝法 『るん(笑)』 (集英社)

るん(笑) (集英社文芸単行本)

るん(笑) (集英社文芸単行本)

  • 作者:酉島伝法
  • 発売日: 2020/11/26
  • メディア: Kindle版

濃い影が動いた気がした。振り向くと、さっき言葉を交わした女が、砂の中から引きずり出されているところだった。砂まみれの施療服姿のしなだれる様は、茹ですぎた春菊めいていた。

「おい、聞いたか。平熱が三十八度に引き上げられたって」

誰かがそう話すのを聞いた。

薬なんて飲んじゃだめ、自分の免疫を信じてあげて! と妻に言われ高熱の日を送る「三十八度通り」、末期の癌、もとい蟠りことるん(笑)に侵された女性の治療を描いた「千羽びらき」、猫の存在しない町のある少年の冒険「猫の舌と宇宙耳」の三編を収録。科学的見地が軽視され、スピリチュアルでオカルトで恣意的な考え方が支配的となった美しい国、日本。平和を守りながらも衰退の一途をたどる社会をスナップショット的に切り取った短篇集。「奇才・酉島伝法がはじめて人間を主人公にした作品集!」というだけあって(?)、作者一流の作風もありつつ、風刺と皮肉をストレートに効かせている印象。体調不良の描写が真に迫りすぎて、読んでいるうちにつられて体調が悪くなる。高熱を出した日に見る悪夢をそのまま描出したような。年を跨いで読むのに相応しい、ひたすら気味の悪い小説でした。

さがら総 『教え子に脅迫されるのは犯罪ですか? 8時間目』 (MF文庫J)

「……天神先生のお話は難解ですね。初期の作風に似ています。久しぶりに天出先生の処女作を読み返してみたくなりました」

かつて、星花が好きだと評した俺のデビュー作。

独りよがりな思いを詰めこんで、まるで売れなかったガラクタ。

あのときからずっと、俺は自分のことを語るのが苦手になってしまった。

ついに星花に秘密がバレてしまった天神。だがそんなことはお構いなしに、一年の集大成である中学受験の時期が迫っていた。そんな天神と三人の少女の、いつもどおりでいて、いつもと違う修羅場。それぞれの巣立ちの時が近づきつつあった。

「終わりについての、話をしよう」「――これは、子どもが大人になる物語」。ライトノベル作家兼塾講師と、三人の少女の物語、完結。才能とロリコンの物語と見せかけて、結局のところ徹頭徹尾の自分語りだったのではないかという気がする。作者の根本にあると言われる人間不信が、ひとの形を取った虚無として現れ、信頼できない語り手として語ってゆく、という。

「根本的に他人に興味がない」、「お前の世界には愛がない」とまで言われ、「可哀想なものを見る瞳」を向けられ、だがそれでいいのだと堂々と言ってのける。虚無というか、「自分」という虚ろの輪郭を描いてのけた作品だと感じた。「自分」を深堀りする小説はライトノベルだとかなり珍しいし、これだけのものを書き上げたのは流石だと思う。お疲れさまでした。

旭蓑雄 『ヒロインレースはもうやめませんか? ~告白禁止条約~』 (電撃文庫)

テーブルに突っ伏すと、泣きそうになった。

ちくしょう、どうしてアタシがこんな目に……。働かないと生きていけないとか、こんな世の中は間違っている。別にアタシだって、我がままは言わない。漫画読んでゲームしてアニメを見ていればそれで幸せなのに……。

ヒロインレースものラブコメでデビューを飾り、炎上の末に打ち切られた高校生漫画家、錬太郎は次回作の構想を練っていた。新作はヒロインレースを否定するラブコメにしたいと考える錬太郎だったが、担当編集はそれを拒否。新作を連載したいのであれば、彼女を作れとの条件を出す。

ヒロインレースを排除したいと願う高校生漫画家が、知らずしらずのうちにヒロインレースの中心になっていた件。お仕事小説や小説家の悩みを書いた小説は多いけど、漫画家をしっかりと書いた小説はそこそこ珍しいのでは。

高校生漫画家である主人公がモテまくるのは釈然としないところもあるけれど、漫画一直線のいわゆる漫画バカなところは好感が持てる。色々なラブコメからネタを引いているように見えるのだけど、最近のラブコメを読んでないのでなかなか難しい。まあ細かいことは気にせず読める、ライトでポップなラブコメだと思います。