田中空 『忘らるる惑星』 (新潮文庫nex)

「結局の。世界はな、一言でいえば記憶だよ。記憶そのものだよ。そういう意味じゃあ、世界なんてのは本当はないのかもしれん。記憶が作り出した夢のようなものだ」

どこから出るのかと思える張りのある大きな声で老人は言った。

少女が茶をくいっと飲み干してから答えた。

「けど、私たちの記憶は本物だよ。だから夢じゃなくて現実」

西暦2115年。人類はAIによる徹底的な管理で平和と安寧を手に入れていた。AIが下した裁判結果を再チェックする仕事に就いていたミカサは、ある事件に違和感を覚える。今の時代、めったに起こらない殺人事件。記録によると、犯行時刻、ミカサは現場に居合わせたはずだが、当のミカサにはその記憶がなかった。

AIの反乱から始まるユートピア/ディストピアSF。殺人事件と記憶をめぐる謎と世界の改ざんが描かれる序盤は非常に引き締まったSFサスペンス。中盤あたりからテーマの発散と冗長なシーンが目立つようになる。記憶を中心とした夢と現実、そして世界の関係は面白いと思うのだけど、ページ数のわりに冗長な印象が残った。アニメか漫画の原作を小説化したような印象もある。総じて、傑作になり損ねた感が強い。惜しいなあ。

東崎惟子 『君を狂気と呼ぶのなら』 (新潮文庫nex)

濁った涙が瞳から零れた。

「……いなかったよ。サタンなど。みんな、みんな、普通の人間だった。サタンは教団の方だった」

「聖書を勉強してみませんか?」。新興宗教の勧誘をきっかけに、平凡な四人家族は崩壊した。家族が幸せになれますようにと祈り続けた少女は、やがて神の声を聴くようになっていた。やがて成長した彼女を待っていたのは、さらなる地獄だった。

カルト二世の少女と、その家族が直面した地獄を描く、「カルトと狂気に踏み込む戦慄のサスペンス」。神の声が聴こえるようになり、ジャンヌ・ダルクに見立てられる少女の絶望と狂気。まさに地獄のような小説だった。読んでからしばらく吐き気が止まらなかった。ぜひ読んでほしいけど、できれば体調がいいときに読んでほしい。

バリントン・J・ベイリー/大森望・中村融訳 『ゴッド・ガン』 (ハヤカワ文庫SF)

ああ、あの夏はなんと楽しかったこと! 波打ち際で酒盛りしたり、酔いどれ藻をかっくらいながら酒場をハシゴしたり、潮だまりで水浴びしたり。海底を這いまわったり。ほかの蟹グループと喧嘩したり。

雌蟹を追いかけたり!

ベイリーの日本オリジナル短篇集。なんか妙に懐かしいにおいがすると思ったら、ほとんどが1960年代に書かれた短篇なのね。古き良きSF短篇という感じで、『禅〈ゼン・ガン〉銃』みたいなテイストを想像していたらだいぶ違ったけど、ユーモアあり絶望ありで楽しく読めた。「神を殺す銃」というワンアイデアをキレよく描いた、ショートショートのお手本のような表題作「ゴッド・ガン」、スラップスティックでありスプラッタでもあるおふざけ短篇「ブレイン・レース」。童貞蟹たちの短い青春と切ない終わりを描いた「蟹は試してみなきゃいけない」が特によかった。

両生類かえる 『コンビニ店長、極道ちゃん!』 (MF文庫J)

「自分は、三週間前にここで働き始めるまで、バイト経験は皆無でした。世間知らずの、ただの子供でした……もちろん三週間経った今でも、それは変わらないんですけど。ですけど、その期間必死に働いたおかげで、一つだけ掴めたような気もするんです」

夜吹は、大きく息を吸い込んで、

「大人って……袋詰めなんじゃないかって」

「…………」

高校生の夜吹侑介は、とある縁からコンビニ「エンコマート血洗台一丁目店」で働くことになる。幼女にしか見えない店長、極道ちゃんをはじめとして、やたら癖の強い店員たちとの、やたら血が流れるバイト生活。その裏にはある秘密があった。

鬼と天使と悪魔と男子高校生のへんてこなコンビニバイト生活を描く。基本的には日常コメディ、だと思うのだけど、描かれるシチュエーションはやっぱりどこか奇想よりじゃない? デビュー作「海鳥東月の『でたらめ』な事情」と同じテイストを継承しつつ、よりリーダビリティを高めた印象を受けた。

リーダビリティはとにかく高いので、良い意味でさくっと読み終えられるのは長所だと思う。とても良いので皆もさくっと読んでみるといい。そしてデビュー作もあわせて読んでみるといいと思います。



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ショーン田中 『女装の麗人は、かく生きたり』 (スニーカー文庫)

絢爛闘士は、対戦相手には勿論、観客にも、主にすらその弱気を見抜かれてはならない。危機を嬉々として迎え入れる。顔面蒼白の臆病さを王者の心で飲み干す。

対戦相手を瞠目させ、観客を咆哮させ、主を喝采させる。そのような――『物語』を作るのが、絢爛闘士の本来の役割だ。

だが、物語を駆逐すべく、空を疾駆し翼を真っすぐに伸ばしてアエローが迫る。

力がすべてのこの世界。女装の闘士、リオ=カーマインは紅いドレスと巨大なクレイモアをまとい、闘技場で日々闘い続けていた。精霊の奴隷として、見せ物として闘う彼の目的は、子供の頃に出会った竜を殺すこと。

第29回スニーカー大賞銀賞受賞作。様々な種族が暮らす都市、女装の闘技者として闘う少年の一代記。あとがきまで読んだ感じでは、伝わるかどうかわからないけど「ひとりシェアードワールド」とでも言うのかな。タイトルから想像したよりもバトルに寄っていて、まとまってはいるけどならではの感じはあまりない。続刊以降で大きな話になっていく予感はあるけど、ここまではピンとくるものはなかったかなあ。