華早漏曇 『イックーさん』 (スニーカー文庫)

ストリッパーが着衣を一枚一枚脱いでいく様にも似て、山を燃していた紅葉が落ちていくと、やがて冬が訪れた。

時刻は早朝、山道には霜柱が立ち、また布団の中では、イックーさんのシモばしらも勃っておったそうな。

今は昔、夢漏町幕府の頃、さる山寺にイックーさんという、たいそうイキやすい小坊主がおったそうな。下ネタとパロディで構築された連作短編コメディ。下品の方向が自分の好みとはちょっと違うのもあり、いかがなものか……と思いながら読んだのだけど、落語がベースになった話と、附録のオナニー狂の話は普通に楽しかった。今だったらソフトカバーで出ていたであろう、いかにもカクヨムらしい本でした。



kakuyomu.jp

白金透 『あなた様の魔術【トリック】はすでに解けております2 ~裁定魔術師レポフスキー卿とその侍女の事件簿~』 (電撃文庫)

「ただ、想像しただけです。わたくしがあなた様の立場であればどうするか、と」

「想像だけで、か?」

「おそらく、わたくしとあなた様は似ているのでしょう。特に、特定の方のためならば、どこまでも堕ちる覚悟がおありのところなど」

裁定魔術師(アービトレーター)レポフスキーと「魔力なし」(マギレス)の侍女リネットは、魔術師の楽園と呼ばれるジェズリール・タウンを訪れる。「幻術師」(イリュージョニスト)ルシール・ヒューレットの誕生会に招かれたふたりは、そこで事件に遭遇する。

幻術師、降霊術師、錬金術師の、魔術師一族の後継争いに絡んだ殺人。裁定魔術師(アービトレーター)と侍女の視点から紐解いてゆく、魔術を駆使した倒叙ミステリ。魔術師社会を描いた一種の因習ミステリとも言えるのかな。ミステリとして普遍的なところもあり、この設定でなければできないシチュエーションもあり。整理されたミステリとして読みやすい一方、跡目争いとエゴと復讐が濃厚に絡み合い、あまりに薄暗くどろどろとしていた。楽しかったです。

黒鍵繭 『縄神さんは縛られたい』 (MF文庫J)

「子どもじゃあるまいし癇癪起こすなんてって、そう思うでしょ? でも、違うの。あの家はずっとそういう感じで、だからわたしは……あの、ね」

……やっぱりこれは大切な話なんだなって察して、僕はより真面目に聞く構えを取る。

「じ、実はわたし、いつかエッチな同人ゲームを作りたいと思っていて」

うんごめん、大切な話で良かったよね?

縄神さんは、美人のお嬢様にしてギャル、ドSで孤高の超問題児。ある事情で彼女の「専属執事」として雇われた同級生の戒野誠史朗は、彼女のとんでもない姿を目撃してしまう。流れのまま、縄神さんのお願いに毎日付き合うことになってしまう。

表向きドS、隠れドMのお嬢様と、執事になった同級生男子のラブコメ。タイトルやあらすじからは伝わりにくいけど、正統派で常識的、それでいて破廉恥なラブコメだった(狙い通りのようではある)。なんというか、破天荒で破廉恥なことをやってはいるのだけど、行動に無理やり感がないというか。例えば、「主人公とヒロインを別れさせる」というよくあるラブコメ妨害者の行動も、「信じて専属執事にした主人公と、自分の妹が普通に破廉恥なことをしていたので別れされる」という常識的な理由がある。しっかりしているのだけど、大人しいラブコメ、という感想になってしまう。難しいな。

fudaraku 『八千草の兄妹 言の葉は川に流れる』 (メディアワークス文庫)

「ええんな! もうその話し方やめろや! 腹から声出せま! 声作んなま! お前はカバー曲動画で無理やりイケボ作って歌っとる下手なやつと同じ声しとるがや! 声作りすぎて! 音の高低が不自然で! ところどころ声消えて聞こえん! 声小さいときは辛うじて! イケボっぽくなっとるけど! でかい声出したらその辺におる! 陰キャの声なんじゃ!」

犀川と浅野川、ことばが流れるふたつの川を抱く金沢。十四歳の少女、八千草忠生は美しい兄、笹生と生きていた。八千草一族には、「こうけちさま」と呼ばれる神様の呪いがかかっていた。八千草本家は長寿と繁栄を謳歌する一方、八千草傍流は例外なく早死するという呪い。寄り添って生きてきたふたりきりの兄妹にも死の影が迫りつつあった。

八千草兄妹と、約百年にわたる八千草家の呪い、それに立ち向かった八千草家の人々の歴史を描く。「犀川と浅野川に流れるはことばである」から始まる、カナザワン・マジック・リアリズム。加賀獅子、「こうけちさま」、ノーエ節、「ことば」。因習ものっぽい陰惨さや、ホラーとしての味も(特に前半は)強いのだけど、美しい文章から紡がれる、比喩と現実がそのまま描かれる不思議な光景に、あっという間に心掴まれた。中盤のドロップキックから空気が変わったのかな。死の影がずっとつきまとうも、ちょっとしたユーモアや優しさに力強く慰められる気がした。そうそうない感覚だったと思う。デビュー作を大きく凌ぐ、大傑作だと思います。



kanadai.hatenablog.jp

真戸香 『君と花火と約束と』 (ガガガ文庫)

「それは誰が決めた規則や?」

「え……」

「お国かね? 法律かね? ……おれも妹も稔さんも、お国の偉いしょが決められたことは間違ってねえ、絶対に正しいんだて信じたが。ほいで獣にも鬼にもなってお国のために戦ってきた……。そいで負けたがーろ?」

高校一年の春。進学したばかりの夏目誠は、初めてあった同級生の少女に告白される。少女、葉山煌は、曾祖母の残した花火の絵を描いた夏目誠に出会うことを心待ちにしてきたという。誠の記憶にない、明らかに別人の描いた古びた絵。本物の夏目誠を探すふたりは、手がかりを求めて花火大会を前にした長岡に行く。

長岡の花火に託された思いと、80年越しの運命の出会い。いかにもガガガ文庫らしいジュブナイル・ボーイミーツガール・夏・SF(12月発売)。シンプルで力強いメッセージが込められた、劇場アニメみたいな完成した一冊だった。2026年8月1日が近づくころにはきっとまた思い出す。良い小説だったと思います。

「出征花火がなくてよかった。花火はこんなときのためにあげるものじゃない」

それにしても、現代日本の少年少女を主人公に戦争のことを書こうとすると、必然的に曾祖父や曾祖母の世代の話になるんだなあ、という当たり前のことに新鮮な驚きがあった。時間が経つってこういうことなんだなあと、なんとも言えない気持ちになった。