榛名千紘 『異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち』 (電撃文庫)

あなたという存在はこの世に唯一。だから自分らしさ、個性を大切にしよう、だなんて。

歴史上、最も真実から遠いスローガンだと僕は思っている。だって、ここで言う『個性』というのは、究極的に他人との比較の中でしか見出だせないものだから。自分一人しかいない世界だったら、そもそも個性なんて言葉すら生まれないだろう。

ミューデント。それは、ミュトスとスチューデントから名前が取られた、第二次性徴期から若い間だけ発現する、空想上の存在の特徴を持った生徒たちのこと。普通の高校生、古森翼は、幼なじみの先輩でサキュバスのミューデント、斎院朔夜に振り回され、生徒たちのお悩み相談を受ける「文芸部()」を立ち上げることになる。

サキュバスにウェアキャット、人魚に雪女。望んだわけでも選んだわけでもない、それでいて大したこともできない異能力という「個性」。その発現に翻弄される、思春期の少年少女たちの悩みを描く。与えられた「個性」のおかげで他人や社会からの差別や偏見にさらされ、人間関係がおかしくなり、自分らしさを見失う。そんな彼女たちに「文芸部()」がそっと寄り添う様子には、誠実さと優しさがにじみ出ていた。デビュー作とはちょっと違った形の、でも雰囲気とテーマは共通したとても良い青春小説でした。タイトルと表紙に騙されず読んでみると良いと思います。



kanadai.hatenablog.jp

青葉寄 『夏に溺れる』 (ガガガ文庫)

一緒に殺そうよ。まるでコンビニにでも誘うような、気やすい誘い方。お菓子を買うのと人を殺すのは、わけが違うのに。数日前まで光に「人を殺すってどういうことかわかってるの?」なんて言っていた私は、その悍ましさを完全に忘れている。

暑い夜だった。昼間のひどい日差しが蒸気のように夜に居座りつづけ、脳がふわふわ揺れて気分が悪くなる。

全部夏のせいだ。私が趣味の悪いゲームに乗ったのも、命を軽く扱うことに躊躇いがなくなったのも、悪いのは私じゃなくてこの夏だ。それでいいのだと、光が言った。

「母さんを殺してきた」。夜凪凛が元クラスメイトの夏乃光に告げられたのは、8月24日、終業式の朝だった。学校内ヒエラルキーの最上位にいた光は、人間関係の構築が下手な凛に、逃避行とゲームを提案する。ルールは8月31日までの一週間、殺したい人間を互いに一日一人ずつ殺すこと。

八月の最後の一週間、行き場をなくし、未来も希望もなくしたふたりの高校生は最後に向けて逃避行に出る。第18回小学館ライトノベル大賞受賞。殺人という禁忌にだんだん麻痺していく感情だったり、感情を表現し理解することができず、人間関係を構築することの難しさだったり、衒いのない言葉は良い意味でとてもシンプル。それでいて暗く複雑な心情を十二分に語ることに成功していると思う。誰かが言っていたとおり先祖返りした暗黒青春小説の雰囲気もあり、しかし間違いなく、現在の18歳の心情が現れた小説だった。表現したいことと技量のバランスが奇跡的に取れた印象もあり、新人賞大賞にふさわしい作品だったと思う。ぜひ結末まで読んでほしい。良いものでした。

心のどこかで、この夏は永遠なんだと思っていた。無意識に、そう思い込もうとしていた。

馬鹿だなと自嘲する。

どんな時間も、すべからく終わりを迎えるものだ。

でも、その終わり方に意味があるのだと信じたい。

中島リュウ 『砂の海のレイメイ 七つの異世界、二つの太陽』 (ガガガ文庫)

「……月兎だ。月に、兎と書く」

「月兎、かぁ……月兎、ゲット。ゲット!」

繰り返すたびに目を輝かせ、レイメイは身を乗り出した。

黒髪の隙間から、どこか懐かしい、石鹸のかおりがした。

「あたしはレイメイ。夜明けの黎明だ! よろしくな、ゲット! この調子でゲットのこと、もっとたくさん教えてくれよっ」

空に七つの異世界が出現して百余年。崩れた異世界から降り注ぐ砂に埋もれ、世界は砂の海へと化していた。テンドウ海賊団二代目団長、レイメイは、武装船団から奪った旧文明の異物のなかから、眠りについていた少年を見つける。

第18回小学館ライトノベル大賞優秀賞。ハーレム作りを目指す少女海賊と、百年のコールドスリープから目覚めた亡国の少年が出会う。砂の海によって国家というアイデンティティを喪失し、力ある者が支配する人類社会を舞台にしたボーイミーツガール冒険活劇。少年漫画五~六巻分のおいしいところを一冊に凝縮したような、濃密かつカラッとしたエンターテインメントになっていた。頭からっぽで楽しめる。良いものでした。

長山久竜 『星が果てても君は鳴れ』 (電撃文庫)

「お前らが音楽の力を信じなくて、どうすんだよ」

人はそれを、希望と呼ぶ。

希望には、人を変える力があると誰かが言っていた。

人間のあらゆる営みから受け取る、共感覚のようなノイズに侵され続けていた月城一輝は、自死を決意する。学校を辞め、まさに線路に飛び込もうとしたその時、眼の前に突然現れた少女に止められる。少女は元国民的女優の星宮未幸。未来視ができるという未幸は、一輝の自死を止めるため、九ヶ月の同居生活を持ちかける。

家族を失い、将来の夢を失った少年と、元国民的女優の少女の出会いと同居生活とその結末、その後の未来。第30回電撃小説大賞銀賞受賞。難病ものであり、ボカロ小説であり、舞台である名古屋の実在スポットも多々登場する、名古屋小説とも言える青春小説。世代的にターゲットではないんだろうなと思うところも正直多いんだけど、読むべきところもそれ以上に多いと感じた。自分には思いつけない未来視の使い方や、一章と最終章がきれいに繋がり、タイトルの意味がわかる構成に、たんたんとした日記形式で挟まれる心情のゆらぎも良い。なんというか良い意味での新人賞らしい小説だったと思います。

東崎惟子 『王妹のブリュンヒルド』 (電撃文庫)

現れたのは醜い化け物だ。千切れた翼に白濁した片眼。鱗はなく、肌には無数の傷が走っていて、気の弱い者ならば見ただけで卒倒してしまうだろう。だが、その尋常ならざる風貌とは裏腹に、竜の視線は弱々しいものを孕んでいた。どこか負い目を感じているような眼でヒルダを見つめていた。

だが、ヒルダはその視線に笑顔を返した。そして竜の爪に触れて言った。

「とても綺麗よ」

森の小屋にひとりで暮らしていた女、ヒルダは、ある日傷だらけで死にかけの竜に出会い、命を救う。王国で実験生物として扱われていた竜は、王国からの追撃部隊によって殺され、ヒルダも王国に捕らわれてしまう。ヒルダは、かつて王国から追放された王妹、ブリュンヒルドだった。

「化け物」

重ねて言った。憎悪の言葉だった。

「この化け物」

「暗愚の女王」以降凋落しつつある王国から追放され、最愛の竜を殺された挙げ句、実の兄である王に娶らされる。ブリュンヒルドの物語第四部、王妹の復讐譚。飾り気なく語られるのは憎悪、復讐、貴賤交替、因果応報。シリーズ通しての特徴だけど、神話的というか、おとぎ話的なところがある。そういう意味では、ファンタジー小説のような、いかにもな救いがないのは正しいのかもしれない。あとがきで語られるもう一つのエピローグまで含めて救いがない。よかったです。