樋口恭介 『Executing Init and Fini』 (早川書房)

本作について私は、人類が、たった一人で、自身の肉体のみで物語を書く、最後の時代の、最後の実験文学の一つに数えられると思っている。そしてここで言う「最後」は終末論ではない。単に分類の話である。

イニトとフィニーのふたりは文字で構成された字宙(宇宙ではない)を旅する。「自己増殖するテキスト」を「AIが自動生成する」。全体の八割をLLMで書いたという実験小説。率直に言って難解だった。そもそもの表現が難解なのもあるけど、その上で「作者」の「意図」を探るような読み方が効かないのもある。というか、考える意味があるのか? と考えて字面を素直に追えなかったのもある気がする。これも過渡期ならではの感覚なんだろうか?

デビュー作『構造素子』(これも難解だった)のころにはできなかったことが、まだ道半ばだろうけど、できるようになったということはよくわかる。プロンプトを練ったから当然とはいえ、ちゃんと作風が出るもんなんだなあと感心した。


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詠井晴佳 『最高糖度をきみに』 (ハヤカワ文庫JA)

生きることが、ずっと重たかった。

人の命は等しく重いのだという。命の重さは、尊いのだという。でも、私の命は全然重くなくて、それどころかむしろ紙のように軽いのに、ただ絶望的に重たいだけなのだった。

火を起こす必要も、何か難しいことを考える必要もない。

それなのに――ただ飛んで火に入るのが、こんなにも難しいなんて。

13歳の夏。「みあめ」と名乗る少女型のホログラムと、現実でひと夏を過ごした。そんな、共通する特徴の思い出を持つ少年少女が70例以上報告される。ひと夏の思い出を抱えたまま21歳になった、みあめ研究会に所属する怜の前に、大人になったみあめが姿を現す。

実体を持たないひと夏だけの少女が、なぜ自分の前にだけ現れたのか。彼女の正体とは。AIが発展した結果として、「意志」が人間しか持ち得ない不可侵の特権と定義された社会。その結果、「意志」を持たないものへのめり込むのは異常というコンセンサスと、幸福を追い求める「なりたいわたし権」で回るディストピアとなった社会で「ふたりだけの甘い時(セカイ)」を描く。現実の少し先のセカイ系というか、令和の『ハーモニー』というか、思考実験みたいなところのある小説だと思う。しかし、この社会での生きにくさの描写が生々しく(作者の既刊にも通じるところではある)、読んでいる最中の大半は「どうしてこんなつらい気持ちになるものを読んでいるんだ……」という気持ちに占められていた。

罠和ノワナ 『やぁ“登校”に挑めニンゲン2』 (MF文庫J)

「…………たぶん、そのときからよ。大切な演算能力を、失い始めたから。人になりたいと思ったの。無理なのに。でも仕方ないわよね。“好き”を知ったら止まらないわ。神経一つを繋ぐためだけに、膨大なリソースを吐き捨てるの。人間に一ミリ近づくために、AIとしての存在価値をどんどん削るの」

四月末。迷宮生成AIの封印によって暇になった彩淵学園生徒会は、新歓祭の準備に勤しんでいた。アバターのレイニをメンテナンスしていた晴斗は、その姿を三年生の夜魅に見られてしまう。正体がバレたかと思いきや、なんと夜魅自身もホログラムで肉体を得たAIなのだという。

「ラブコメ×AI×迷宮攻略」の第二巻。ノリと勢いの熱さは、やはり令和の「バカとテストと召喚獣」のテイストがある。AIと感情という、使い古された感のあるネタを衒いなく、まっすぐ描いているのが良い。一周まわって新鮮というか、物語のフォーマット自体の強さが感じられた気がした。ギャグ調だけど決めるべきところは決める熱さ、カッコよさを、素直に心地よく読めるのは、それを描ける作者の技量だと思う。良いものでした。

滝浪酒利/原作・監修:吉本おじさん 『お返事まだカナ?おじさん構文!』 (MF文庫J)

「ねえ、地雷ちゃん」

「なに?」

「仲直りの記念にさ、TikTok撮らない?」

私は笑顔でこう言った。

「それは……やだ!」

文化祭当日、学校は突如現れたおじさんゾンビ😁の大群に襲撃される。クラスのコスプレ喫茶をサボっていた地雷ちゃんを救ったのは、人気者でインフルエンサーの陽キャ、ギャルちゃん。正反対のふたりは、迫ってくるおじさんゾンビ😁たちから逃れ、学校からの脱出を図る。

ギャルちゃんと地雷ちゃん、女子高生ふたりに迫る大勢の😁。まさかのゾンビパニック小説。クライマックスを前に、謎明かしとしてとつぜん言語SFや「虐殺器官」みたいなことを言い出すのは良かった(ミームの感染とか)のだけど、読んでいる自分が年齢的に完全におじさん側だったので読みながら心が痛かった。作中ほとんどのおじさん😁が心のない滅ぼすべきモンスターとして描かれるからね……。いまだに原曲を聴いていないので比較してどうということは言えないのですが、お気楽に手に取ってよいのではないでしょうか。




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藍内友紀 『不動産奇譚 神憑み之函』 (MPエンタテイメント)

あの家を売りたいと申し出た老婆は「あの家にはちょっと前まで神さまがおわしたんです」と語ったそうです。

「あたしの曾祖母が嫁ぐときに実家から分けてもらって、あの家にお連れしたんです。家が栄えるように、不自由なく過ごしてもろてたんです。せやのにちょっと前に」

――逃げたんです。

老婆はそのときの悔しさを思い出したのか、薄い白髪頭をガシガシと掻きました。

舞台は京都、土地や建物にまつわる少し奇妙で、不思議で、不気味な連作短編。明確な着地点やカタルシスのある話はほぼない。主人公ふたりの境遇も謎が多く、読めば読むほどさらに謎が増えてゆく。落ち着かない気持ちをもやもやと募らせながら読み進めることになると思う。オチがつかないことがこんなに落ち着かないとはね、なんてね。読んでる最中はピンとこなくても、あれは何だったのか? と読み終わってから頭の隅に残り続けるような、ホラーというよりはまさに「怪談」だったと思う。良い本でした。