子子子子子子子 『死神と聖女 ~最強の魔術師は生贄の聖女の騎士となる~』 (ガガガ文庫)

――あの子はもう、いない。他でもない自分が殺したのだから。

魔術によって世界統一を目論むグロースライヒ帝国と、天使術によって世を治めようとしていたウァティカヌス教国は、長きに渡って対立を続けていた。聖暦1930年。帝国の魔術師にして暗殺者、メアリは教国の囲う〈神羔の聖女〉の暗殺を命じられる。秘蹟者(サクラメント)候補の通う孤島の学園に潜入したメアリは、暗殺対象である聖女ステラ・マリスと出会う。

魔術を操る死神は、奇蹟をまとう聖女と出会い恋に落ちる。残酷な運命に翻弄されるガール・ミーツ・ガール。モデルとなった国や時代、モチーフはわかりやすいのだけど、その割に説明が多くて話に入るのに時間がかかった。組み立てもオーソドックスで、個人的にはあまりグッとくる部分がなかったかなあ。

鶴城東 『衛くんと愛が重たい少女たち3』 (ガガガ文庫)

もちろん一生涯独身でいろというわけじゃない。

時が来れば、あいつに相応しい女は、私が責任をもって探し出す。

けれどそれは、間違っても京子なんかじゃない。

だから命じてやった。別れろと。

横暴だと思われるかもしれないが、衛を愛しているからこそだ。

ややあって「だってさあ」と続く。

「かわいそうじゃない。あの子」

「かわいそう?」

「生きづらそうなところが」

京子が「あぁ」と納得したように頷いた。

間もなく盆休み。衛と京子は一泊二日の旅行を計画していた。とはいっても、家出をずっと続けるわけにもいかない高校生の衛は家に戻ることにする。

姉の凛のDVから逃げ、想いを寄せていた幼なじみを振り、従姉で恋人の元アイドルと、祖母の家で暮らすようになっていた衛。真意がまったく語られなかった姉の事情がついに明かされ、愛が重たい少女たちとの関係にひとつの決着がつく、シリーズ最終巻。生きづらい人生を送ることになった衛、姉、少女たちの事情はある意味平凡で、予想を大きく外れたものではない。でも、ドラマチックとは言えない陳腐な結末も、この物語らしいと言えるのではないでしょうか。事情はなんとなくわかるんだけど、丁寧に描いてきた関係がここで駆け足気味にたたまれるのはもったいなく感じられた。次回作を楽しみにしています。

吉良佳奈江訳 『蒸気駆動の男 朝鮮王朝スチームパンク年代記』 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

「こんな機械を動かせるなんて、蒸気にはどんな力があるのですか?」

「蒸気には押し上げる力があるだけです」

「そなたは私を愛しているか?」

東宮殿の設書は答えなかったが、世孫は答えを聞いたと思った。

蒸気機関の発達した李氏朝鮮の五百年の興亡。その裏にはひとりの蒸気駆動の男、汽機人の〈都老〉がいた。王とその右腕として寵愛を受けた汽機人の愛憎と時間を描くイ・ソヨン「知伸事の蒸気」。秘密を共有する奴隷と主人の歪な関係を描いたパク・エジン「君子の道」。山奥にいる鍛冶師夫婦の話キム・イファン「「朴氏夫人伝」」。とある呪術師が遺したものと守ろうとしたものを描いたパク・ハル「厭魅蠱毒」。朝鮮王朝における蒸気機関の立ち位置と迫害のはじまり、チョン・ミョンソプ「蒸気の獄」。韓国のSF作家五人が描く、スチームパンクアンソロジー。バリバリのスチームパンクや改変歴史を想像していたら、民間信仰や呪い、あまりに苛烈な権力争いといった、李氏朝鮮の歴史の陰みたいなものをバリバリと描いているのはちょっと驚いた。派手さや華やかさは薄いのだけど、むしろ重厚な歴史アンソロジーとして、SF外のひとほど楽しめるのではないかと感じた。個人的にはまったく詳しくないのだけど、韓国ドラマの定番ネタや新解釈も多いらしいので好きな方もぜひ。良かったです。

二語十 『探偵はもう、死んでいる。10』 (MF文庫J)

僕はいつの間にか国民を犠牲にして、国家の正義を守っていた。

そう呟いたライアンの背中。軍服の純白が哀しく見えた。

記録と記憶が失われた世界。名探偵の助手、君塚君彦は、その原因が《怪盗》アルセーヌにして、世界最悪の犯罪者アベル・A・シェーンベルクであるという仮説を立てた。君塚たちはかつてアルセーヌを追っていた《暗殺者》加瀬風靡を探し出し、話を聞くことにする。

それは、正義が実現された世界、夢のようなユートピアを愚直に目指して戦った者たちの、世界から秘匿された記録。ついに《虚空暦録》(アカシックレコード)の正体にたどり着く。名探偵の誇り、地図を上から眺めるのではなく地図の中に立つ覚悟。個々のエピソードは好きなんだけど、過去の話が続くのもあって時系列と前後関係がよくわからなくなってきた。次で大きく話が動くのかな。期待しています。

手代木正太郎 『涜神館殺人事件』 (星界社FICTIONS)

あんた、娘がいなくてホッとしているなんて、ひどい母親だって思っているんだろう?

ここだけの話ね、あたしは、あの娘たちがどうしても自分の実の娘とは思えないんですよ。だってさ――変に思わないでおくれよ――あの娘はね、生まれてきたときは、双子じゃなかったんだよ……。ええ。そう。あたしのお腹から生まれてきたときは、間違いなくひとりだった。なのにね、途中からふたりに増えたんだ。

帝都より遠く離れた北方湿地帯に建てられた石造りの屋敷、涜神館。あらゆる欲望と快楽の追求、そして悪魔崇拝の舞台となった涜神館は、その持ち主である公爵の処刑に伴い無人となる。それから二百年。幽霊屋敷(ゴースト・ハウス)として有名となっていた涜神館を買った探偵小説家によって、帝都から霊能力者が集められる。

悪魔崇拝、黒ミサ、賭博、麻薬、性的背徳と狂乱の舞台となった屋敷に集められた本物の霊能力者たち。毎夜繰り広げられる交霊会(セッション)で披露される、エクトプラズム、逆行認識能力、心霊写真、チェンジリング……。招待客のひとり、イカサマ霊媒師のエイミー・グリフィスは、本物の心霊現象と惨劇に見舞われる。現実化する超常現象、混沌と悪ふざけの極まる悪魔崇拝、館に二百年に渡って隠された真実。オカルト小説にして新本格・館ミステリ。こういうのが読みたかった! みたいなわくわくが存分に感じられる。作者独自の筆致で、けっこうな割合で描かれる悪ふざけも楽しいし、不思議と爽やかな読後感も良かった。これこそエンターテイメント。元ネタがわかるだけの教養があればもっと楽しめたのだろうと思うとちょっと悔しかったところ。あらすじやキーワードに気になるものがあればぜひぜひ読んでみるといい。