円城塔 『ムーンシャイン』 (創元日本SF叢書)

「誰も新たに傷ついてはいない」

と虐殺の作成者たちは嘯く。

「誰も新たに虐殺されてはいない」

と嘯く。

死者たちはそれ以上死ぬことはなく、苦しむことはないと信じて疑わない。

曽祖父のノートに遺された八つの■に包含された文字列、「パリンプセストあるいは重ね書きされた八つの物語」。作中作? の「紐虫をめぐる奇妙な性質」が好き。とり・みきの絵で再生された。

表題作だけどいちばん難解だった気がする「ムーンシャイン」。とにかく大きい数が出てくる。

ライセンス型信仰集団の誕生と変遷を描く「遍歴」。要は現実をどう認識して共有するか、というだけの話だと思うのだけど、技術者倫理で組み上げられたオープンソース宗教の、妙な真面目さが楽しい。

エクサバイトを超える大量の「わたしのローラ」の生成画像、それに添えられたテキストファイル、「ローラのオリジナル」。世の状況は発表された2024年からあまり変わっていないのかもしれない。画像生成AIの学習を、機械が抱えることになった原罪と呼ぶ……。

2008年から2023年に発表された四つの短編と、それらを振り返るあとがきからなる作品集。ほぼあとがきのせいだと思うけど、集大成感があった。

オキシタケヒコ 『筺底のエルピス8 ―我らの戦い―』 (ガガガ文庫)

「君はもしかしたら、あまり重要視してこなかったんじゃないのかな。ボクら地球人類が、君が一から進化させた種じゃなく、たまたま見つけただけの野生の知性だったって違いをさ」

殺戮因果連鎖憑依体と戦い続けていた三つの封伐組織は、月の知性体からの侵攻を一時的に封じることに成功する。危機的状況を打破するため、可能な限りの準備と再編を進める各組織。残された時間は少ない。

人類の存亡を賭けた私の、僕の、我らの戦いの始まり。クライマックス直前、最後の戦いの前を描いた八巻。持てる限りの力を使って、それぞれの役割を果たす。いかにも最終決戦、といった語りと展開にはワクワクせざるを得ない。最終巻、楽しみにしています。

下村智恵理 『天網恢々アルケミー 前崎中央高校科学部の事件ファイル』 (創元推理文庫)

「あの部屋で、お前は何を感じた? それが呪いの正体を解く鍵だ」珠理は手を離した。「人体って、最高に優秀なセンサーなんだよ」

高校2年の春、両親の離婚に伴って、安井良は東京の私立高から群馬の進学校に転入する。ヤンキーが闊歩すると噂の群馬県に怯える良はある日の放課後、化学室で白衣を着崩し、牛タンを焼く金髪ギャルと遭遇する。良はそれからギャルにして科学部長の木暮珠理に引きずられ振り回されることになる。

図書館の呪い、下駄箱に届く死人からの手紙、トンネルに現れる悪霊。科学部の面々とともに三つの事件を追求してゆく、「東京創元社×カクヨム 学園ミステリ大賞」優秀賞受賞の理系学園ミステリ。濃縮された群馬県小説でもあった。良い意味でカクヨムらしい読みやすさと、そこに垣間見える群馬県というマイルドな昭和因習村の闇。デビュー作の「エンド・アステリズム」以来ですが良かったです(袖を見るまで作者だと気づかなかった)。



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周藤蓮 『ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー』 (電撃文庫)

だから、とオクトーバーはカードを回収し、一つに重ねた。

「『凄腕のギャンブラー』なんて存在しないんだ。ギャンブルをする時に上手い下手なんて概念は存在しないからね」

ALO(アルヴヘイム・オンライン)》内のアインクラッドで大規模なカジノイベントが開催される。元ギャンブラーの巴啓司は、友人の妹、遥にせがまれ、カジノの景品のためにイベントに挑むことになる。まったくのVRMMO初心者であるため、感覚の違いに苦労する啓司ことキャラクターネーム、オクトーバーは、VRMMOの未来を揺るがす陰謀に巻き込まれる。

作者のファンなので、SAO(ソードアート・オンライン)をまったく知らないまま読んだスピンオフ。主人公がVRMMO初心者、かつおじさん(20代だが)なので、周囲の人物や地の文が初心者おじさん向けに解説してくれる。そういう意味で感情移入がしやすい。

VRで拡張された身体機能と、ギャンブラーとしての身体感覚のズレ。イカサマ防止システムが組み込まれたVR内カジノでどのように勝つのかという描写は整理された説得力のあるもので、非常に興味深かった。久々に読んだが文章が上手い。ギャンブラーの定義と矜持、責任ある大人と未来ある子どもの対比、といったあたりの、作者に求めるものが全部入っていたと思う。デビュー作に通じる部分も多かったので合わせて読むといい。自分のようにSAOを知らなくてもVRMMOSFとして気にせず読むといい。



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新馬場新 『月面スローンズ 制服と王』 (ハヤカワ文庫JA)

「あなたたちを使い捨てにしてきたのは、私たちです。制服組はあなた方を数字として扱い、切り捨ててきた。その痛みは政府の責任で、今の総理である私の責任です」

ごめんなさい。雅日は頭を下げる。

「すべての痛みを消し去るには時間が要るでしょう。いや、すべてはきっと消しされないかもしれません。それでも、生きていくのです。この月で、この国で。だから私はこの場所を良い場所にしたい。しかし、それは私たちだけではできません。みなさまがた国民といっしょに、この国を立て直す一歩を踏みたいんです」

人口1000万が生活する月面の実験都市群では、高校生が運営する11の国家が「月の王」を目指して覇を競っていた。職を求め、月へ向かった15歳の雅日は、学費無料につられてアルテミス国際高校に入学することになる。弱小国家アマトに配属された雅日は、理不尽で歪な月面社会の解放を目指す。

1000万人が住めるほどに開拓されるも、貧富の差が大きく初期の開拓者たちが冷遇される月面社会の環境。その上に建てられた、選ばれし高校生たちが運営し覇を競う11の国家群。縦横にレイヤーのある社会、その中にいる者たち、外側にいる者たちといった、様々な切り口から、国家運営に伴う苦労とカタルシスを切実に描いている。登場人物も必然的にかなり多いのだけど、地球上の国家を戯画化したような月面国家の描写や、ライトノベル的なキャラ付けが良い方向に働いていたと思う。

現実の戯画化であり、理想化という面はもちろんある。風刺の意味合いはそんなに込めてはないと思うんだけど、発売から1ヶ月半経って日々いろんなことを考えてしまいますね。良い小説です。