岡本タクヤ 『異世界修学旅行DX』 (ガガガ文庫)

異世界修学旅行 DX (ガガガ文庫)

異世界修学旅行 DX (ガガガ文庫)

「ドラゴンに つるべ取られて もらい水」

「重大な危機が近所に迫ってるのにもらい水してる場合か」

「ドラゴンという強大な存在と暢気な住民の対象的な様子がユーモラスに描写されていますね

「しずけさや 岩にしみいる スライムよ」

「人気のない岩山の、岩と岩の間にスライムが染み込むように侵入してゆく情緒溢れる風景がありありと浮かびますね。素晴らしいです」

読売中高生新聞に約1年半に渡って連載された『異世界修学旅行』番外編.異世界の王女に毎回ひとつのお題が出され,約5ページで次々に学んでいくという,「まんがはじめて物語」みたいな,89篇,540ページ超えの分厚い短篇集.中高生向けだからというわけではないだろうけど,話ごとに披露されるトリビアルな知識が楽しい.「読書の秋のイメージを広めたのは夏目漱石」,「世界最古の遊園地は16世紀のデンマークで開園した」,「授かったものが姓で自分で名乗るのが名字」,「大相撲はプロ野球より先にビデオ判定を取り入れた」,「小鳥遊姓は実在よりフィクションの方が人数が多い」あたりははじめて知ってへぇーとなりました.そのかわりというか,お話的な広がりはほぼない.作者が言っているように,『コボちゃん』を読むような気持ちで,目次を見ててきとうなページから読んでみてもいいかもしれない.週刊とはいえ新聞連載って大変そうだなあ,というのはひしひしと伝わってきました.


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さがら総 『教え子に脅迫されるのは犯罪ですか? 2時間目』 (MF文庫J)

教え子に脅迫されるのは犯罪ですか? 2時間目 (MF文庫J)

教え子に脅迫されるのは犯罪ですか? 2時間目 (MF文庫J)

――この話は、俺が書いても、よかったんじゃないのか?

作家とは現実から嘘の種を拾い、育てた嘘を現実よりも美しく咲かせる仕事だ。せめて切り口を思いつくことぐらい、すべきだったんじゃないのか。

くだらない現実のぬるま湯に浸かっているあいだに。

この身体からは、想像力以上のものが、喪われてしまっているのではないか。

夏休み.学習塾TAX調布校の夏合宿が始まった.閉校が決定した府中校から転入生が入り,様々な問題がありつつも引率に勤しむ講師の天堂.作家としての同期に女子中学生を引き合わせたり,女子クラスの寝室に忍び込んでみたりと,夏の日々は淡々と進んでいく.

書きたいことが合ったはずの作家は目の前のことを淡々とこなすだけの大人になった.大人と子供の視点の違い,才能のある人間とない人間がやらなければならないことの違い.ロリコン的なあれこれとか時事ネタギャグ(やばたにえんとか日大タックルとか)を挟みながらも,語り手は徹底的に冷めている.上の引用部にあるような,自分から知らぬ間に何かが失われてしまったことに気づいたときの不安感,焦燥感.思い当たるものがあり背筋が凍る思いがした.「お仕事×年の差ラブコメ」という煽り文句はなんだったのか.

「『人間不信』はさがら総の本質だ。他者はもちろん、自身のことさえ彼は信じていない」という渡航の解説には膝を打った.『変態王子と笑わない猫。』のころから「信頼できない語り手」の,据わりの悪い小説を書くひとだとずっと思っていたのだけど,この言い方のほうがずっと腑に落ちる.というか解説に「理解できない。怖い」とまで書かれるのはすごいな.



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赤城大空 『出会ってひと突きで絶頂除霊! 3』 (ガガガ文庫)

『万単位で人間が消えるような怪異、いくらなんでも個人の力を逸脱しすぎだ。この怪事件は組織的な霊能テロの可能性が高い』

一度ハマったら三次元に戻れなくなるというアプリゲーム「ホテルラプンツェル」.当初は都市伝説と思われていたが,ゲームをプレイしていた人々が次々と失踪していることが明らかになる.事態を怪異であると認定した退魔師協会は,晴久たちを含む100人でゲームに挑むことになる.

体液が飛び交う退魔活劇の第三巻.火のついた「正義」が引き起こしたテロが誰かの心を踏みにじり消えない傷をつけ,狭い世界に閉じ込めてしまう.「ホテルラプンツェル」がなんとなく『レディ・プレイヤー1』っぽいなと思ったらどうやら正解だったらしい.デビュー作『下ネタという概念が存在しない退屈な世界』を彷彿とさせる,学園エロコメの皮を被った社会派寄りの伝奇アクションになっていると思う.

テキストや随所に挟まれるネタがいちいち秀逸なので,わりと長い(というか大半を占める)ギャグパートも退屈しない.朝立ちでテントを張ってがちキャン△とかよく思いつくし,そもそもよく書くわ.下ネタと伝奇のバランスが最高だと思うし,行けるところまで追いかけていきたい.



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暁雪 『今日から俺はロリのヒモ!』 (MF文庫J)

今日から俺はロリのヒモ! (MF文庫J)

今日から俺はロリのヒモ! (MF文庫J)

締め切りを設定せず、まわりに娯楽が勢ぞろいして、ついでに言うとこれからの人生が保障されている状態になったとき。

――漫画家は、漫画を描かなくなる。

なんとなく漫画家になりたかった高校生,天堂ハルは,たまたま街で出会った天才女子小学生,二条籐花にパトロンになってもらう.衣食住が半永久的に保障されたハルは高校を中退し,漫画描きとオタク活動に耽溺する日々が始まるのだった.

一日に二億を稼ぐ女子小学生の庇護のもと,ヒモとしてのただれた日々を描く.ストーリーは思った以上にタイトル通り.挫折とか努力といったものはほとんど語られず,ある種の淡々さをもって進むのはデビュー作からの変わらぬ傾向ではある.全体に漂う一種異様な雰囲気はイラストのへんりいだの貢献が大きいのではないかと思う.

不特定多数の読者たちではなく,たったひとりのロリのために描けばいい,という結論はわりと好き.そこに至るまでがしょうもないといえばそのとおりなんだけど,読み終わってみると意外と悪くなかったのです.



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倉田タカシ 『うなぎばか』 (早川書房)

うなぎばか

うなぎばか

わたしは、ほそながーい形をしたロボットです。色は黒いです。体をくねくねと曲げられます。

頭に近いほうに、小さなひれがついています。なにに似てるかというと、うなぎに似ています。

そうです、あの、何年もまえに絶滅した、おいしい魚です。

おいしいからって食べつくしちゃうなんて、人間はすこしおバカなのかな?

うなぎ屋を廃業した父の残したうなぎのたれをめぐるドタバタを描く表題作「うなぎばか」.土用の丑の日をなくすべく平賀源内に会いに行く時間SF,という無難なアイデアが思いがけない方向にかっ飛んでいく「源内にお願い」.ひとり海をゆくうなぎロボの叙述ログを描いた「うなぎロボ、海をゆく」.代用うなぎを求めてジャングルに向かうOL一行が見たものとは,「山うなぎ」.うっかりやらかした神様の願い事「神様がくれたうなぎ」

「もしも、うなぎが絶滅してしまったら――そのとき、わたしたちは何を想うのか?」.人類の手によってうなぎが絶滅した,ポストうなぎの世界の出来事を描く短編五篇.語られるのは絶滅してしまった生物,途絶えてしまった文化,食べられなくなってしまった食べ物への郷愁と思い出.ユーモアたっぷりで,ちょっと切なくて,不思議に優しい.うなぎのようにするりと読める,今の季節にぴったり.夏休みの課題図書にもよさそう.しみじみと良いSF短篇集でございました.