乙野四方字 『ミウ -skeleton in the closet-』 (講談社タイガ)

ミウ -skeleton in the closet- (講談社タイガ)

ミウ -skeleton in the closet- (講談社タイガ)

「さて」

芝居がかった仕草で本当にそう口にしたミユは、少しの間沈黙して、あたしにはにかんだ笑みを向けてみた。

「一回言ってみたかったのよね、これ。でも思ったより恥ずかしいわ」

卒業と就職を目前にした大学生の池境千弦は,実家でたまたま手に取った中学の卒業文集である文章を目にする.一ヶ月で引っ越していった元同級生が,いじめを告発したノートを学校に隠していったのだという.興味を惹かれて検索をした千弦は,元同級生のSNSアカウントを見つけるが,その同級生は「自殺します」という言葉を二年前に残して更新を止めていた.

SNSアカウントの乗っ取りによる死者の再生,同級生の不可解な死,自分の進路を決定づけた同級生との再会.灰色の,何も感じることのなかった日々が大きく変わろうとしていた.病的なけれん味の利いた,小説家と編集者の百合ミステリ.登場人物全員がどっかしらおかしいし,いかにも講談社らしい雰囲気がある.帯の煽りはないほうが良かった気がするが.さっくりと楽しませていただきました.

鴨志田一 『青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない』 (電撃文庫)

青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない (電撃文庫)

青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない (電撃文庫)

きっと、楽しそうに、うれしそうに、「ほっぺたが落ちそうです! お兄ちゃん、かえでのほっぺたはまだついてますか?」とか言ってきたに違いない。

けれど、その光景を咲太が目にすることはもうない。その声を咲太が聞くという願いはもう叶わない。胸にちくりと走る痛みこそが、この二年間、『かえで』が確かに存在していた証だから……。

3学期.咲太の妹の花楓は,兄と同じ高校に進学したいと打ち明ける.少しずつ外へ出られるようになっていた花楓の大きな決意を,咲太たちは全力でサポートすることになる.

ひとつの区切りを越えて,新たな一歩を踏み出したシリーズ第八巻.思春期症候群もひと休み,話の中心は引きこもりだった妹の高校受験,彼女の大学受験,来年に迫った自分の進路.正直,ここだけだと非常に地味な巻.ここまであったいろいろなことが落ち着いて,やっと当たり前のことに悩むことができるようになったんだ,と思うと感慨深い.「いっぱい泣いて、たくさんの人たちに支えられ、やっと取り戻した“当たり前な日常”」という煽り文句を見るだけでちょっと泣ける.

これでようやく最新刊に追いついた.引き続き追いかけようと思います.

高島雄哉 『ランドスケープと夏の定理』 (創元日本SF叢書)

ランドスケープと夏の定理 (創元日本SF叢書)

ランドスケープと夏の定理 (創元日本SF叢書)

ぼくが三年前、大学の卒業論文として証明した知性定理は、どのような知性であっても相互に繋がり合っていて――物理的な障壁さえ越えられれば――互いに連絡が可能であること、そしてこの宇宙に属するすべての知性はより巨大なメタ知性の一部だと示したものだ。裏を返せば、今の知性とは全く相容れないような別種の知性にはなりえないということで、それを知性の限界と見なす人もいる。

ぼくの姉は,地球でも随一の頭脳を持つ宇宙物理学者である.大学4年生のぼくは,ラグランジュポイントL2の国際研究施設に滞在する姉に呼び出された.どうやら姉は自分の見つけた宇宙とぼくを使って,とある実験を行うことを企んでいるらしい.

第5回創元SF短編賞受賞の表題作「ランドスケープと夏の定理」に,その続き「ベアトリスの傷つかない戦場」「楽園の速度」の2編を加えた全3話.すべての知性は会話をすることができるとする「知性定理」と,我々の宇宙の近傍に数多の宇宙が存在するとする「ランドスケープ仮説」,「脳の量子ゼノン停止」の失敗から生まれた魂である「情報=演算対」…….ラグランジュポイントからグリーンランド近傍を舞台に,数々のSF的アイデアと,新しい宇宙観が展開される.ハードSFの枠組みで,知性ができることと宇宙の可能性を描ききった印象がある.理論や仮説がカチッとはまって,形になる過程が見えるというか.

もうひとつの特徴が,女性陣の存在感がものすごく強いこと.もうひとりの自分なのになぜか妹ということになった「情報=演算対」,姉の友人である大学院の担当教授.そして何より,好き勝手に弟を振り回すうえに十兆人以上に増える姉.質・量ともに他を圧倒する.姉SFの傑作でありました.

飴村行 『粘膜探偵』 (角川ホラー文庫)

粘膜探偵 (角川ホラー文庫)

粘膜探偵 (角川ホラー文庫)

「これがナムール国に古くから伝わるグズルウや」

「グズルウ?」

戦時下の帝都.トッケー隊への入隊を果たした14歳の少年鉄児は,先輩のやらかしに巻き込まれて入隊早々に謹慎を食らってしまう.隊の汚名返上に燃える鉄児は,帝都で噂となっていた保険金殺人事件の解決を目論む.

6年ぶりの「粘膜」シリーズ新刊.「探偵」のタイトルのとおり,今回はミステリの風味がやや強め,の気がする.ナムール国から持ってきた「月の御柱」の生態の謎や,変な愛嬌のあるへルビノの絡む事件を,怒涛のテンポと緊張感で描いてゆく.一時間以内に三人を殺さなければならない状況に陥るクライマックスといい,よくわからないなりに妙なかっこよさのあるラストといい,幻想的なだけでも悪夢的なだけでもない独特の読み心地のある小説であることよ.シリーズ中では『粘膜蜥蜴』に次いで良い読後感でありました.



kanadai.hatenablog.jp

相原慶 『おいなりさんは恋をする。』 (講談社ラノベ文庫)

おいなりさんは恋をする。 (講談社ラノベ文庫)

おいなりさんは恋をする。 (講談社ラノベ文庫)

「あなたが異性と話すと、あなたのおいなりさんに激痛が走るようにしてもらったわ」

高校生,神上愛のもとに,姉が金髪の少女を連れてきた.その少女いなりは,愛が子供のころに助けた狐が成長した姿なのだという.いなりとの同居を強要してきた姉は,ついでに異性と話すとおいなりさんに激痛が走る呪いを愛にかけてくる.呪いを解く条件は,九人の異性においなりさんを握ってもらうこと.

きつねの押しかけ女房とのラッキースケベ多めの同居生活,それとおいなりさんにかけられた呪い.第7回講談社ラノベ文庫新人賞優秀賞受賞.アイデアに品がないことこの上なし.しかし,それ以上にキャラクターたちが何を考えているのかよくわからないのであまりエロコメという感じがしない.主人公はただ流されるだけで行動原理がないし,主人公の姉が弟との結婚を本気で狙う理由もわからない.単なる説明不足か,お約束を踏襲しているだけなのかもしれないけど,ただただ虚無.読んでいて不安になった.