大澤めぐみ 『君は世界災厄の魔女、あるいはひとりぼっちの救世主』 (スニーカー文庫)

君は世界災厄の魔女、あるいはひとりぼっちの救世主 (角川スニーカー文庫)

君は世界災厄の魔女、あるいはひとりぼっちの救世主 (角川スニーカー文庫)

「いいよ」と、アニーは返事をした。「わたしたちは、友達になろう」

「いいね」と、ユージーンは笑った。「あなたとわたしのふたりなら、きっと世界そのものだって変えてしまうことができる」

そのようにして、彼女たちは友達になった。

数百年に渡り続いていた帝国と王国の戦争が終わった.「愛」は世界を救い,誰も虐げられることなく,奪われる心配のない,安心して暮らせる世界を実現した.それから3年.かつて帝国の諜報機関に所属していた「災厄の魔女」ことアンナ=マリアが,式典に参加していた二国の王を暗殺する場面から物語ははじまる.

天才と呼ばれた魔女とその弟の目的は,世界に暮らすすべての“善き人”を殺し,自分の世界を取り戻すこと.3年前と現在を行き来しながら,世界と「災厄の魔女」の変化を描いてゆく.なぜ魔女はたったひとりで平和な,愛に満たされた“善き人”たちの世界に反抗することを選んだのか.3年の時間と,その間に横たわる謎に惹きつけられ,そしてぞっとさせられる.

友人との決別だとか,何をもって自我が連続するとみなすかだとか,世界のアップデートだとか「愛」の正体だとか,物語の切り口はかなり多い.こう言うと嫌がられるかもしれないけど,伊藤計劃以後を総まとめして,ひとつの結末を突きつけられたかのような印象を受けた.読み心地は強烈,頭の中をぐるぐる回る.けっこうな傑作なのではないでしょうか.

一肇 『フェノメノ 陸 美鶴木夜石は微笑まない』 (星海社FICTIONS)

フェノメノ 陸 (星海社FICTIONS)

フェノメノ 陸 (星海社FICTIONS)

怪物――さて、怪物とは何だろう?

火を吐く? 人を喰う? 常人では抗うことも出来ない超常的な力を持つ? まあ、その定義など、人によっていいろいろだろうけれど、ひとつだけ確実に言えることがある。一度、出逢ってしまったが最後、終生その影響下から逃れられないもの――それこそ、ボクは怪物だと思うのだよ。

そういう意味で、ボクが出逢ったものは怪物と言えるだろう。

封印されていた夜石の記憶を取り戻した凪人は,「美鶴木夜石」が恐怖の感情を失った「首吊り館」と呼ばれる山中の廃墟にふたりで向かう.

「ようこそ,こちら側の世界へ」.最後の異界探索を描くシリーズ最終巻.冷たい恐怖と拭いきれない悲しみが静かな余韻を残す.あらすじ的には伝統的なホラーだけど,青春小説との融合によって緩急の利いた物語になっていたと思う.最後まで惹きつけられた.お疲れ様でした.

柞刈湯葉 『横浜駅SF 全国版』 (カドカワBOOKS)

横浜駅SF 全国版 (カドカワBOOKS)

横浜駅SF 全国版 (カドカワBOOKS)

人間の到達できないエキナカにアンドロイドを送り込む彼らの事業は、よく宇宙開発に喩えられる。横浜駅はいわば宇宙なのである。

本州を覆い尽くした横浜駅とそこに根付いた社会の姿を,「瀬戸内・京都編」「群馬編」「熊本編」「岩手編」で描く.『横浜駅SF』の全国版,という名の続編.読んでて実感したのは,単なるディストピアに留まらない横浜駅という舞台の面白さよ.横浜駅への潜入のために作られたアンドロイドだったり,横浜駅の侵入を水際で阻止するJRだったり,分断されたことによって様々な形態を持つようになった社会の姿だったり.読んでいてまったく飽きない.今回書かれた話に限らずとも,いろいろなアプローチがありそうで夢が広がる.とても楽しかったです.


それじゃ、ここできみとはお別れだ。バイバイ。

でも、そんなに遠くに行くわけじゃないよ。

どうせこのエキナカじゃ、地理的距離はたいした意味を持たないんだ。ぜんぶスイカネットでつながっているのだからね。



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旭蓑雄 『青春デバッガーと恋する妄想 #拡散中』 (電撃文庫)

青春デバッガーと恋する妄想 #拡散中 (電撃文庫)

青春デバッガーと恋する妄想 #拡散中 (電撃文庫)

俺はそのバグを見て、不条理劇を得意としたイヨネスコという劇作家の「犀」という作品を思い出した。彼は、人々の中にファシズムが浸透していく様を、犀化する人間で表現した。

変わっていく。異なった考えのもと存在するものが変化し――均一化されていく。

その様はシュールであり、面白く……かつ恐ろしい。

アキバ特区の都市伝説.パラレルと呼ばれる拡張現実に覆われたこの街では,人々がつけたデバイスを経由してその行動を監視し,ビッグデータ化された意識を収集していると噂されていた.アキバ特区でバイトをしている聴波歩夢は,スクールカースト上位のクラスメイト,衣更着アマタがホロ・コスプレをしながらARゲームに興じるところに出くわしてしまう.

意識を学習した街に,人の無意識が形を持ったバグを呼び起こす.空想と現実が限りなく近づいた都市で,技術とひとの意識は互いを変えるか? みたいな哲学的な小説.ARが当たり前になった,ハードSF色の強い導入の風景はなんとなくチャールズ・ストロスを思い出す.

自己実現の道具としての拡張現実.現実と拡張現実の間にある認識のズレ.拡張現実の自分とファラリスの雄牛.オーウェリアン,イヨネスコ,「怒りの葡萄」,ファラリスの雄牛といった単語が普通に使われるあたりに,作者の教養と問題意識が感じられる.それでいて変にわかりにくくせず,オタク小説らしさもそこそこで,バランスの取れたエンターテイメントになっていると思う.アキバ特区という舞台を縦横無尽に使った,楽しいSFであり思弁小説であり青春小説でありました.


……なるほど、心が見えないものだなんて、確かに、前時代的な考えなのかもしれない。

宮澤伊織 『そいねドリーマー』 (早川書房)

そいねドリーマー

そいねドリーマー

「私たち、なんでお互い好きなんだろう。最初に夢で逢ったときから、いきなり恋人だったよね」

「一緒に寝たからじゃないかしら」

「人聞き悪う」

高校生の帆影沙耶は半年に渡る不眠に悩まされていた.眠いのに眠れない,顔色は悪いし頭は働かない.保健室で休んでいた沙耶は,そこに現れた金春ひつじと出逢った次の瞬間に眠りに落ち,夢の中で恋人になっていた.

人々の眠りを人知れず守るために活動する5人の女子高生を描く「添い寝ドリームSFノベル」.役割を分担しながら夢と現実,〈ナイトランド〉と〈デイランド〉を行き来し,「スイジュウ」を退治していく.基本的なノリはほぼハックアンドスラッシュのそれだと思う.夢と現実が境目を曖昧にするにしたがって,もうひとつの柱である「百合」が濃くなってゆく,というか.個人的には強く刺さる残る話ではなかったけど,良いエンターテイメントだと思いました.↓のインタビューを読んでみて,何かしら引っかかるものがあるならいいのではないでしょうか.



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