石川宗生 『半分世界』 (創元日本SF叢書)

半分世界 (創元日本SF叢書)

半分世界 (創元日本SF叢書)

でも、そのことに気づいたものは誰もいなかった。そのとき、誰もがそこにいて、いなかった。あったのは狂騒と静寂。ただ今、このバス停。

突如19,329人に増殖してしまった吉田大輔氏に関する報告を書いた第7回創元SF短編賞受賞作の「吉田同名」.一夜にして,ドールハウスのように半分になってしまった藤原家が町にもたらしたものを描く「半分世界」.ある町の,数百年にわたり続くダービーの歴史を語る「白黒ダービー小史」.そして,十字路にあるバス停に取り残された人々が作り出す文化「バス停夜想曲、あるいはロッタリー999」

「日本発、世界文学」の帯に恥じぬ,思弁的でマジックリアリズム的な短編集になっている.日常のずれ,あるいは非日常のなかから,何らかの文化や風習が生まれる,というあたりが共通しているといえばしているのかな.淡々と飛躍するのがまさに魔術的というか,とても楽しい.とぼけたユーモアとロマンが効いた「白黒ダービー小史」が個人的にすごく好き.ほんとに良い短編集でした.



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葉月文 『Hello, Hello and Hello ~piece of mind~』 (電撃文庫)

Hello,Hello and Hello ~piece of mind~ (電撃文庫)

Hello,Hello and Hello ~piece of mind~ (電撃文庫)

「十五光年なんだって」

「え?」

「織姫と彦星の距離。ここに書いてある」

『Hello, Hello and Hello』の登場人物たちのスポットを当てた番外短編集.一般的な後日談,ではなく,ループものだけあって時系列はその後・その前・その最中と多岐にわたっている.ロマンチックで,単体でも読めるものになっているのだと思うけど,短編小説としてはループが生きているわけではない.キャラクターへの愛着で印象が変わる気がするけど,正直かなり地味ではあった.



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有丈ほえる 『救世主だった僕が三千年後の世界で土を掘る理由』 (講談社ラノベ文庫)

救世主だった僕が三千年後の世界で土を掘る理由 (講談社ラノベ文庫)

救世主だった僕が三千年後の世界で土を掘る理由 (講談社ラノベ文庫)

人間は滅んだだけじゃない。三千年という年月が、アルデヒトから人間の記憶すらも消し去ってしまっていた。

怒りが湧いてくる――いきなり現れて世界を蹂躙したと思ったら、こんな簡単に忘却してしまうなんて。アルデヒトは、人間に仇敵として恨むことさえ許してくれないのか。

「しぶとさだけは一級品の宇宙ゴキブリめ!! いいですか!! アルデヒトは、人類に服従するべきなんです!! ここは、もともと私たちの星だったはずだ!! 積み重ねてきた歴史がそれを証明している!!」

地球外から到来した知性体・アルデヒトの侵略により,人類の文明は破壊された.それから三千年.人類の救世主として開発された人型兵器・クチュールマタの少年,リュトがコールドスリープから目覚める.地球は,自分たちが侵略者だと知らないアルデヒトが「地球人」として暮らす世界へと一変していた.

失われた三千年の間に起こった真実を求め,遺跡を発掘する.人類からアルデヒトへ,文明交代後の遺跡発掘と考古学のファンタジー.ヘドロに覆われた地球,巨大な樹上で生活するアルデヒトといった世界の描写や,後半のストーリー展開など,随所からジブリへのリスペクトを感じる.前半から中盤にかけてはストレスの貯まる展開が多いのだけど,ある秘密が明らかになる後半のスケールはなかなかのもの.続きも今月末すぐ(二ヶ月連続刊行)に出ることだし,あらすじで気になったら手にとって見てもいいのではないでしょうか.

三方行成 『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』 (早川書房)

トランスヒューマンガンマ線バースト童話集

トランスヒューマンガンマ線バースト童話集

むかしむかし――の反対を言おうとすれば、いったいどんなことばになるのでしょうね。さきざき? はるか遠い未来?

とにかく、女の子がひとりおりました。

「地球灰かぶり姫」「竹取戦記」「スノーホワイト/ホワイトアウト」「〈サルベージャ〉 VS 甲殻機動隊」「モンティ・ホールころりん」「アリとキリギリス」の六作品を収録した,第6回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞の短編集.タイトルに偽りなしの,童話×ハードSFであるのは間違いないが,それにしてもガンマ線バーストを爆発オチのように便利使いするのは笑う.想像していたよりライト,というかバカSFよりで読みやすいのだけど,講評にあるとおり,全体がまとまりはじめると良いところが見えなくなってしまう印象はあった.

本田壱成 『終わらない夏のハローグッバイ』 (講談社タイガ)

終わらない夏のハローグッバイ (講談社タイガ)

終わらない夏のハローグッバイ (講談社タイガ)

サードアイが生まれて五年が経った今になっても、世界中で繰り返される質問がある。

――人間の脳に送り込む感覚情報を、サードアイはどのように構築しているのか?

質問が繰り返されるということは、回答も繰り返されるということだ。もう何度となく数多の人間の口から語られたそれを、僕は改めて脳内で弄ぶ。

――サードアイは、感覚情報を構築してなんていない

水喪〈第六感覚〉関連技術研究所で,二年間に渡って眠り続ける少女,結日.彼女を見舞い続けていた幼馴染の高校生,日々原周は,夏休みを前にすべてを諦めようとしていた.

五感すべてをコントロールし共有することが可能となる技術,〈第六感覚〉(サードアイ)が当たり前になった世界で,二年間眠り続ける少女と,彼女を救おうとする幼馴染の少年の,ある夏休みの物語.AR,VRといった仮想現実から始まり,五感と脳の情報化による人類の拡張,さらにはファーストコンタクトまでをひとつの線で貫いてゆく.

最先端の研究所誘致によって急速で歪な発展を遂げた東北の漁師町と,日常の一部となった情感素(インフォセル)虚構存在(オブジェクト)のイメージはビジュアルとエモーショナルの両方に訴えかけてくる.眠り続ける幼馴染とその姉がしようとしたことの結果や,「出逢い」と「孤独」の感覚は,SFのひとほど理解しやすいのではないかと思う.SFの(決して新しいわけではないけど強固な)アイデアと,エモーショナルに強く訴えかけてくる青春のすれ違い.これ以上ない,理想的な青春SF小説なのではないでしょうか.