日下一郎 『妹戦記デバイシス』 (スマッシュ文庫)

妹戦記 デバイシス

妹戦記 デバイシス

(妹)(わたし)たちはね、関係性の上に構築された生命なの。

人類が物質上に構築された生命であるようにね。

そして、人類が生存のため、自己以外の物質からのエネルギーを必要とするように、(妹)(わたし)たちも自己以外の関係性からのエネルギーを必要とする。

世界が異世界からの侵略者アウタ・シスの侵略を受けてから3年.地球の半分は不可侵領域「妹圏(シス・ゾーン)」に覆われていた.「妹」の持つポテンシャルを妹機関(シス・ドライブ)に転用することに成功した人類は,最後の希望とともに「妹」への反攻を開始する.

人類と「妹」の最終戦争が始まる.どことなく『蒼穹のファフナー』っぽさを感じる侵略SF.自らを「妹」と強制認識させる侵略者アウタ・シス.見るだけで汚染し感染する概念侵略兵器.まったく異なる生態を持つ人類と「妹」との対話.オーソドックスながら水準以上にまとまっていると思うのだけど,ギャグのセンスが合わないのがつらい.気にしないひとは気にしないだろうけど,話の流れからあまりに浮いていた.妹力(シス・フォース)妹龍(マイバーン)という言葉遊びはいいとして,序文とかMSXへのこだわりとかはいらなかったよなあ.

三方行成 『流れよわが涙、と孔明は言った』 (ハヤカワ文庫JA)

流れよわが涙、と孔明は言った (ハヤカワ文庫JA)

流れよわが涙、と孔明は言った (ハヤカワ文庫JA)

さあさ、楽しいお話のはじまり始まり。

こいつは世にも珍しい、車とつがうドラゴンの物語だ。

馬謖の首がどうしても斬れない,やたら泣き虫な孔明が試行錯誤するうちに並行宇宙を渡ることになる表題作「流れよわが涙、と孔明は言った」から始まる,作者の第二短篇集.アルキメデスと「走れメロス」を合成したようなトンチキな「走れメデス」,折り紙と食堂をめぐる短篇内短篇「折り紙食堂」.「人は死んだら電柱になる」をテーマにしたアンソロジーからの抜粋「闇」は,闇とそこに潜む何者かに覆われた世界の静けさと不気味さが心に残る.ドラゴンカーセックスをファンタジーに仕立て上げた「竜とダイヤモンド」はこの短篇集のベストかな.ドラゴンの生態を描いていくことで,ドラゴンが自動車とセックスする理由をごく自然に物語に昇華している.まさかこんな風に感心してしんみりしてほんわかするいい話になっているとは.デビュー作『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』よりもバリエーションに富んでおり,個人的に好みの話が多かった.よかったです.



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野宮有 『マッド・バレット・アンダーグラウンド』 (電撃文庫)

マッド・バレット・アンダーグラウンド (電撃文庫)

マッド・バレット・アンダーグラウンド (電撃文庫)

心臓に棲む怪物に精神を侵食された銀使いには罪悪感を感じる機能はなく、殺人という禁忌を破ることに対する躊躇いも存在しないとされる。だとすれば、この胃の底に溜まる泥のような感情は俺の錯覚だ。心臓を締め付ける棘のような疑問は、タチの悪い幻影だ。

バレシア皇国エルレフ市イレッダ特別自治区――打ち捨てられた人工島,通称「成れの果ての街」.金次第で動く何でも屋の《銀使い》ラルフと相棒のリザは,組織から逃亡した少女娼婦を連れ戻すという依頼を受ける.

ひとりの少女をめぐる,銃と異能のハードボイルド・クライムアクション.第25回電撃小説大賞選考委員奨励賞受賞作.いろいろな設定を詰め込んでいるのは意欲的,ではあるのだけれど,その見せ方が最悪に近い.地の文とセリフの両方を使った説明調の文章を導入部に詰め込んでおり,更にハードボイルドを意識した文体との相性もかなり悪い.目が滑りまくる.

「買った」ものにしか働かない異能力を活かしたアイデアに,ゾンビを次々と砲弾のように飛ばすシーンのインパクト.見るべきところはちゃんとあるのだけど,導入が悪いおかげで話の核心に近づくまで悪い印象をずっと引きずってしまう(実際極端なのは最初の方だけ,だと思う).最終的にその印象をひっくり返す力があるかというと,うーんという.

柴田勝家 『ヒト夜の永い夢』 (ハヤカワ文庫JA)

ヒト夜の永い夢 (ハヤカワ文庫JA)

ヒト夜の永い夢 (ハヤカワ文庫JA)

御輿の中にあるもの、それは人の姿をした人ならざるもの。

切りそろえられた黒髪、瞳には月の如く深い輝き。その唇は芙蓉石に似た淡い赤。真白なる肌には絹の光沢。金襴袈裟を纏い、神聖さを漂わせる少女の偶像。

思考する自動人形――天皇機関であった。

昭和2年.和歌山で暮らす博物学者,南方熊楠のもとを超心理学者の福来友吉が訪ねる.福来に誘われて秘密結社「昭和考幽学会」に加入した熊楠は,会員たちと協力して粘菌コンピュータによって思考する自動人形,「天皇機関」を完成させる.天皇機関を新天皇に披露することを目論んだ昭和考幽学会員たちは,やがて昭和初期の動乱に巻き込まれてゆく.

新天皇即位に合わせ,昭和の奇才・天才・変人たちが集い開発した「天皇機関」が世界を変革する.登場するのは南方熊楠をはじめ,福来友吉,宮沢賢治,江戸川乱歩,西村真琴(學天則の製作者)などなど.「昭和やべえやつらアベンジャーズ」と呼ばれるのは伊達ではない.

粘菌と脳,並行する宇宙と幻覚と夢物語の相似を,仏教の世界観と昭和初期のわちゃわちゃした空気のなか語ってゆく.テーマがテーマだけに構えて手に取ったら,これがとても読みやすい.還暦前のおっさんたちが繰り広げるやり取りが思いのほかユーモラス.キャッキャウフフの場面が水木しげるか唐沢なをきで脳内に再生される.もちろん締めるべきところは締めており,全体でバランスが取れていると思う.夢から始まり夢に終わる.それでいて儚いかというとそうでもなく,変にどっしりとした存在感がある.今の時期にふさわしい,良い読書でした.



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草野原々 『大進化どうぶつデスゲーム』 (ハヤカワ文庫JA)

大進化どうぶつデスゲーム (ハヤカワ文庫JA)

大進化どうぶつデスゲーム (ハヤカワ文庫JA)

「こんな宇宙いやだよねぇ。ということで、ゲームを開始しよう! 大進化どうぶつデスゲームのクリア条件は、宇宙が書き換わった原因である知性ネコの進化を止めて生命史を元に戻すことだよ。具体的には、八百万年前の北アメリカにタイムスリップして異常進化したネコの先祖をぶっ殺すんだ。それで宇宙は元通り。サルになったみんなも、ヒトに戻るよ!」

突如,ネコのような怪物の襲撃を受けた星智慧女学院3年A組.大混乱に陥る教室に現れたシンギュラリティAIのシグナ・リアは,3年A組の生徒たちがデスゲームに参加して勝たなければ,人類の進化はリセットされ,知性ネコが支配する宇宙に書き換えられてしまうと言う.3年A組の生徒たち18人は,人類の命運を賭け800万年前の北米へと赴く.

種の進化を賭けたデスゲームがはじまる.800万年前のサバンナを駆ける「青春ハード百合SF群像劇」.同日刊行の『これは学園ラブコメです。』といいこれといい,さてはキャラクターに興味がないな? ワンアイデアを敷衍しつついろいろなことをやっているのだけど,どの方向においてもいまひとつ印象が薄い.知性ネコがサルを抑えて霊長になるための進化の仕組みなど,面白いところもあるとはいえ,動物のうんちくが多かったなあ,みたいな煮え切らない感想ばかりが残った.



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