森川智喜 『そのナイフでは殺せない』 (光文社)

そのナイフでは殺せない

そのナイフでは殺せない

この物語は残酷である。

いくら人を殺そうと一人の命も奪えぬ、できそこないのナイフの物語である。そのナイフを作ったのは、西洋で命を落とした殺人鬼の魂とされる。

プロの映画監督になることを夢見る大学生七沢は,旅行先で「人を殺すことのできないナイフ」を手に入れる.このナイフで作った「本物の死体」を映画撮影に利用していた七沢だったが,ある警部の息子を「殺して」しまうことによって,警部の執拗な捜査を受けることになる.

このナイフで殺した命は,次の16時32分が訪れた瞬間に一斉に生き返る.殺人鬼の魂が生み出したナイフをめぐる新本格ミステリ.感想をひとことで言うと「きが くるっとる」.三途川理シリーズの悪ふざけをぐっと濃密にした印象ではあるけど,このアイデアがこんな基地外じみた小説になるなんて想像できるかよ.

生き返ることを前提に殺人を繰り返す大学生の映画監督と,息子を殺された復讐心ともともとの正義感の暴走によって壊れてゆく女性警部の腹の探り合いが話の中心.生き返ることが分かったうえで犯される殺人は刑法上の罪に問えるのか.そもそもそれは「殺人」と呼ぶべきものなのか.……みたいな哲学的な話はそこそこに,ふたりの対決は果てなく加速し,狂っていく.ナチュラルに他人を見下したり独りよがりだったり,登場人物は脇役も含めて嫌なところが目立つので,その壊れていくさまを見るのはほかの探偵ものとは一味違うカタルシスがある.現時点での作者の最高傑作ではないかと思う.めちゃくちゃな怪作にして大傑作でした.

水沢夢 『俺、ツインテールになります。17』 (ガガガ文庫)

俺、ツインテールになります。 (17) (ガガガ文庫)

俺、ツインテールになります。 (17) (ガガガ文庫)

……何か俺、エレメリアンの心配をしてばかりだな。

世界を守るためにエレメリアンと戦っている俺たちツインテイルズだが……多くの局面で、そのエレメリアンに助けられているんだよな――。

テイルホワイトの誕生により,ツインテイルズはつかの間の平和を手に入れた.バレンタインの到来に浮かれ暴走する面々.その一方,最強最後のエレメリアンたちが世界への侵攻の準備を整えていた.

とうとう最終章へと突入の17巻.受け継がれる戦士の魂(ツインテール).家族の絆.婚期を焦っていた理由とその意味.ついにテイルレッドの正体へと近づくエレメリアンと,クライマックスへのお膳立ては整った.というかここまでが長かった.エレメリアンが減りすぎて作中でもダレた感じがあったし.どんな幕引きを見せてもらえるのか,楽しみにしてます.

旭蓑雄 『はじらいサキュバスがドヤ顔かわいい。③ ~あの、私も本気になっちゃいますからね……?』 (電撃文庫)

はじらいサキュバスがドヤ顔かわいい。(3) ?あの、私も本気になっちゃいますからね……? (電撃文庫)

はじらいサキュバスがドヤ顔かわいい。(3) ?あの、私も本気になっちゃいますからね……? (電撃文庫)

「面倒くさいってなんだ! 俺はいま正論を言ってるだろ! あんたはサキュバス界のお偉いさんかもしれねえけどな、アキラはイラスト界のお偉いさんなんだ! 界隈をぶつけあったらイラスト界の方が上だろ!」

《夢見の街》.夢と現の狭間にあり,すべてがサキュバスたちの思い通りになる街.ヤスは,《サキュバス界闇の勢力》におけるトップクラスの組織,《色欲五覇星》に推薦された夜美といっしょに「恋人」として夢見の街に赴くことになる.

恋愛否定の二次元オタクと男性恐怖症クソ雑魚サキュバスのラブコメ,第三巻.作者自らが「もう付き合ってるみたいなもんでしょ」と言っており,ただイチャイチャするだけの話に終始している.非常に潔い.それでちゃんと読ませるものを書いてくれるのだからえらい.キャラクターもみんなかわいいし個性がある.なんというか,連綿と受け継がれるラブコメの系譜と,そこに連なる新しさを感じた一冊でした.

手代木正太郎 『不死人の検屍人 ロザリア・バーネットの検屍録 骸骨城連続殺人事件』 (星海社FICTIONS)

不死人(アンデッド)の検屍人 ロザリア・バーネットの検屍録 骸骨城連続殺人事件 (星海社FICTIONS)

不死人(アンデッド)の検屍人 ロザリア・バーネットの検屍録 骸骨城連続殺人事件 (星海社FICTIONS)

「教えてくれ」ロザリアがコープスに語りかける。コープスの腹の内から、腐汁に塗れた臓器の一つを取り出した。赤子でもとり上げるような愛情のこもった手つきで、それを仔細に観察する。「おまえがどう生きてきて、どう死んだのか……。ああ。泣くな、泣くな。大丈夫だ。すぐに終わるんだから。そうしたら、ゆっくり休んでいいんだから」

普通なら、怖気を感じるような光景かもしれねえ。だが、俺はなぜか死者に語りかけ、腐肉を調べる少女の姿に、ある種の美しさみてえなもんを感じ、魅入ってしまっていた。

ヴァンパイアの血を引くと伝えられるエインズワース一族.その居城である〈骸骨城〉ことエインズワース城で,当主の花嫁候補が次々と怪死し,屍人(コープス)として復活する事件が発生する.城に招かれていたアンデッドハンターのクライヴは,アンデッド検屍人のロザリアと協力して事件の真相を探る.

通常の死者であれば当然受けられる死因の究明.アンデッドはそれを受けられずに焼却される.ファンタジー風の世界を舞台に,「アンデッドの尊厳」という概念と,医療の知識を導入した「暗黒怪奇ファンタジー」.ざっくり言うと「魔法医師の診療記録」をよりダークに,かつ新本格ミステリにした印象と言うかな.呪われた骸骨城,ヴァンパイアの血を引く一族,地下室に200年閉じ込められ続ける吸血鬼,オランジェリーに出現する幽霊と,ダークファンタジーの雰囲気と舞台づくりは十二分.横溝正史っぽさがある(山田風太郎風の語りもやっぱりある).

伝奇,ミステリ,ファンタジー,スプラッタがぎっしり詰まっている.これぞエンターテイメント小説.良いものでした.

鶴城東 『クラスメイトが使い魔になりまして』 (ガガガ文庫)

クラスメイトが使い魔になりまして (ガガガ文庫)

クラスメイトが使い魔になりまして (ガガガ文庫)

これはもう、おおよそ独身高齢な開業医などが住む部屋といえよう。

ブルジョワジィ。これが格差社会なのですか?

ここは国際魔術師協会付属学園日本校,境界干渉学部.昇級試験のさなかに起こったアクシデントによって,名門のお嬢様である藤原千影と魔人の魂が融合してしまう.さらに,やっと試験に合格するような落ちこぼれの生徒,芦屋想太の使い魔として契約.なし崩し的に同棲生活がスタートしてしまう.

第13回小学館ライトノベル大賞ガガガ賞&審査員特別賞受賞作.テンポのよい召喚士と使い魔の学園ラブコメ.この手の話の常として多種多様の女の子が登場するけど,良い意味でさっぱりと描いている.ハーレム成分がないとは言わないけども,友だちとしての側面が強い気がする.「詳しく知れば忘れてしまう」など,デビュー作なのにいくつも謎を残したままなのは正直あまり好かんところではあるなあ.ひとまず続きを追いかけようと思っております.