小林泰三 『神獣の都 京都四神異譚録』 (新潮文庫nex)

神獣の都 :京都四神異端録 (新潮文庫nex)

神獣の都 :京都四神異端録 (新潮文庫nex)

「東京から、何人で来たんでっか?」中年の小男が尋ねた。

「一人です」

「えっ? おまはん、御幾つでっか?」

「二十歳です」

「二十歳で一人旅……友達、おらんっちゅうことでんな?」

片思いの失恋を癒すため,ひとりで京都旅行に来た大学生,滝沢陽翔.ふらりと訪れた伏見港で,派手な装束を纏った男たちがひとりの少女に異能で襲いかかっているところに出くわす.特撮の撮影かな? と近寄っていった陽翔は,京都と日本の行く末を占う闘いに巻き込まれてしまう.

京都の歴史の裏側では青竜,朱雀,白虎,玄武,麒麟と,それぞれの眷属が闘いを続けていた.怪獣(怪獣ではない)と忍者(忍者ではない)が現代京都を大暴れする,現代異能ファンタジー.いろんな勢力が入り乱れるけれど,五行の相生と相剋をこれでもかと説明してくれるので特に気にせず読めると思う(というか気にする必要もないかも).不思議なノリの流れるようなボケとツッコミに乗せて,感慨もなくあっさりと崩壊してゆく京都市街.これこそ小林泰三,というスペクタクル小説だった.楽しゅうございました.

浅倉秋成 『九度目の十八歳を迎えた君と』 (ミステリ・フロンティア)

九度目の十八歳を迎えた君と (ミステリ・フロンティア)

九度目の十八歳を迎えた君と (ミステリ・フロンティア)

過去を思い出す作業には、ささやかな快感と充足感が伴う。そんなことを書いておきながら矛盾してしまうが、やはり思い出の旅が終盤に近づいてくると、痛みの方がずっと強くなってくる。終わってしまった過去のこととはいえ、間違っても他人の話ではないのだ。歴史書を眺めているのとは訳が違う。痛みは未だに、確かな記憶として体内に救い続けている。簡単に風化してはくれない。

残暑厳しいある朝のこと.印刷会社に勤務する間瀬は,向かいのプラットフォームに高校時代のクラスメイト,二和美咲の姿を見つける.二和美咲は最後に出会った高校三年生のまま,恋していた頃の姿そのままだった.

三十歳を目の前にした俺の前に現れた,十八歳のままの彼女はなぜ「十八歳」にとどまり続けるのか.彼女が年を取らなくなった原因を探るため,かつての恩師や同級生と出会いながら,現在と高校時代の思い出をめぐる,「魂の解放」の過程の旅.大人になることで失うものと,高校時代に置き去りにされた思い出と抱えたままの鬱屈,みたいなテーマは珍しいものではないと思う.「年齢」を重要な,それこそ絶対に超えられないファクターに置いているのが特徴的なところ,なのかな.あらすじから受ける印象以上に不思議で,切ない青春小説だと思いました.

野崎まど 『HELLO WORLD』 (集英社文庫)

HELLO WORLD (集英社文庫)

HELLO WORLD (集英社文庫)

「あ」と思った時には、もう遅かった。身体が先に理解して、頭が後から追いついた。

彼女の笑った顔が、胸に焼き付く。そのまま消えずに、胸の奥を暖め続ける。

こんなに素敵なものが、この世界にあるんだと思った。

こんなこと、軽々しくは言いたくないけれど、多分僕はこの光景を、一生忘れないんじゃないかと思う。

彼女の笑顔は、本当にそれくらい大切な。

僕の宝物になった。

堅書直実は京都に住む,読書が好きで内気な高校生.ある日,直実の前に三本脚のカラスと,フードをかぶった謎の男が現れる.この世界は記録された情報のなかに存在する「過去の京都」であり,男は10年後の現実から干渉している未来の直実だという.

9月に公開されるアニメ映画の原作小説.豊かなビジュアルを前面に押し出した夏の描写と,キラキラした初々しい初恋が描かれる,一見していかにも夏(公開は9月だが)の劇場アニメ原作らしい小説.それでいて,裏でやっているのは『順列都市』や『白熱光』を引き合いに出すゴリゴリのハードSF.この世界はただの現実のコピーである,とこれでもかと見せつけながら,でもそんな世界もかけがえのないものであって,真実の世界なのだ,という.なんというか,野崎まどの底意地の悪さとエモーショナルさの両方がめっちゃ効いている.良いSFであり良い青春小説だったと思います.これがどういう風に映画化されるのか.劇場公開を楽しみにしてます.



hello-world-movie.com

裕夢 『千歳くんはラムネ瓶のなか』 (ガガガ文庫)

千歳くんはラムネ瓶のなか (ガガガ文庫)

千歳くんはラムネ瓶のなか (ガガガ文庫)

そう、少年は思ったのだ。中途半端に手の届くところを飛んでいるから、足を引っ張ってみようなんて浅ましい考えを他人に抱かせてしまう。

もっと高く、もっと遠く、手を伸ばすことさえバカらしくなるような場所で輝けばいい。誰にも触れられない、撃ち落とされない場所で美しく在ればいい。

それは例えば、夜空で青く輝く月のように。

いつか本で読んだ、ふたの開かないラムネの瓶に沈んだビー玉みたいに。

「五組の千歳朔はヤリチン糞野郎」.福井県一の進学校に通う千歳朔は,学校裏サイトで誹謗中傷を受けつつも,学校のトップカーストに君臨しつつ仲間たちと楽しい学校生活を送っていた.二年に進学した春のこと.クラス委員長に指名された朔は,引きこもりでオタクのクラスメイトを学校に連れてくるよう担任教師から指示を受ける.

第13回小学館ライトノベル大賞優秀賞の「”リア充側”青春ラブコメ」.オシャレなイケメン,運動神経抜群で成績も上位にして高コミュ力を誇る主人公の一人称小説.ライトノベルとしては異色なテーマではある.「弱キャラ友崎くん」を別視点から描いたような印象があるけど,リア充と非リア,陽キャと陰キャ,スクールカースト間の対立とコミュニケーションを描くことにより重きを置いているかな.エンターテイメントとして重くなりすぎず,それでいて一面的にならない描写を目指していると思う.強キャラを自称する主人公が,どうやら腹に一物あるらしく,信用できない語り手としての不穏さが漂う.個人的にとてもよいと思うところ.

引きこもり男子高校生の山崎健太がヒロインみたいな立場にあるのが愉快なところ.福井県のローカルネタ(縁がない土地なのでググらないとまったくわからないレベル)が多いのでご当地小説としても楽しいかもしれない.おそらく出るであろう続きも期待しております.

呂暇郁夫 『リベンジャーズ・ハイ』 (ガガガ文庫)

リベンジャーズ・ハイ (ガガガ文庫)

リベンジャーズ・ハイ (ガガガ文庫)

確かに自分たちは、互いに誰かの仇のために生きて、今は二人とも名前を失っている。ただ、本質はまるで異なる。シルヴィにとって、復讐は手段だった。チューミーにとっては目的だった。そこには無限の隔たりがあることに気づいていたが、わかった上でどうしようもなければ、どうしたくもなかった。

有害な砂塵粒子に覆われた世界は大きく衰退していた.チューミー・リベンジャーは”掃除屋”を営みながら,復讐の相手であるスマイリーの行方を探していた.ある日,偉大都市の治安維持組織に捕らえられたチューミーは,粛清官から取引を提案される.

過去しか見ていないチューミーと,未来のために復讐を目論むシルヴィ.荒廃した世界,砂塵粒子の舞う偉大都市で,ふたりは復讐のために手を組む.第13回小学館ライトノベル大賞優秀賞受賞の,復讐ものにしてバディもの.ダークヒーローの雰囲気があり,有害な砂塵を防ぐためすべての登場人物が仮面を付けているということもあり,第一印象は仮面ライダー(バイクにも乗る).「復讐」がテーマだけあって,登場人物それぞれの過去をしっかり描いている.意外とストーリーは王道で,基本に忠実だと思う.ただ語り口は硬さが目立つかな.悪い作品ではないけれど,個人的には少しケレン味がほしかった.