手代木正太郎 『むしめづる姫宮さん』 (ガガガ文庫)

むしめづる姫宮さん (ガガガ文庫)

むしめづる姫宮さん (ガガガ文庫)

「一寸の虫にも五分の魂という言葉があります」

「小さな虫にも、五分っぱかしの魂はあるって言葉だろ?」

「ええ。でも、虫の魂が五分なら人間の魂だって五分です。五分五分です」

虫の魂が集まる町,宮城県宮城郡浦上町.虫の魂は時に思春期の若者に惹きつけられ,取り憑くことがあるという.ある日突然,身の丈に合わない行動を取るようになってしまった高校生,有吉羽汰は,悪い虫を落としてくれるという山の上の浦上神社に行くことになる.

「ありんこ」を自称する男子高校生と,虫を愛する人見知りの激しい女子高生の出会いと成長を描く,少し不思議な青春小説.とことんまで卑屈な羽汰といい,虫以外のことになるとてんでダメな姫宮さんといい,突き抜けた個性を持ったキャラクターたちが,出会いや虫との邂逅を経て,ちょっとずつちょっとずつ成長する.オーソドックスな題材ではありながら,地に足のついた描写にヒリヒリさせられる.何より,震災で一変してから数年が経った東北の田舎町(作者の故郷がモデルとのこと)の生活を,肩肘張らない自然な視点で描いているのがとても良かった.

作者の現代劇ははじめてだったので,正直最初は結構な違和感があった.派手さはあまりないけれど,「虫の魂も人間の魂も五分五分」という一貫したテーマが感じられる.良い青春小説でした.

遍柳一 『ハル遠カラジ3』 (ガガガ文庫)

ハル遠カラジ (3) (ガガガ文庫)

ハル遠カラジ (3) (ガガガ文庫)

「ラヴァン機関の搭載以降、人工知能というのはどこまでも理想の善を求め、あらゆる悪を憎む思考形態へと変化してしまった。人として理想とすべき姿を、機械に押し付けてしまったんだよ、私たち人間がね。もちろん、私も同じ人間なのだから、責任を追うべきうちの一人だろう。だからこそ医工師として、ちゃんときみの病に向き合わせてもらうつもりだよ。それもまた、決して罪の償いにはならないけどね」

成都を発ち,医工師のいる大連に向かった一行.何かに思い悩むことが増えたハルに,母としてテスタは気に揉んでいた.その旅程で,ナイジェリアから中国の唐山に向かう途中の医療用アンドロイド,ローザと出会い同行することになる.

ポストアポカリプス世界で描かれるAIの母と人間の娘の物語,第三巻.ついに医工師のもとにたどり着き,物語にも大きな転機が訪れる.娘が好きすぎる母親の,やりすぎなくらいの甘々な述懐から始まり,火星にまだ生き残っているかもしれない人類に会う夢を語る.はじめてのおつかいやらウエディングドレスやら,いわゆる日常回かな? と思いながら読んでたら,言語は人間の可能性を広めたのか狭めたのか,そもそも『人間』とは何なのかという思弁へと至る.

主人公がAIなので,基本的には淡々としているんだけど,娘のことになるととたんに過敏に,ときにはとても鈍感になる語りがほんと楽しい.AIの考える『人間性』と,それを与える行為としての子育ての関連をはじめとして,エモーションとロジックの噛み合わせと言うか,危うい両輪がうまくバランスを取って回っていると言うか.まだ結末は見えないけれど,とても素敵な小説だと思います.

三島浩司 『ウルトラマンデュアル2』 (ハヤカワ文庫JA)

ウルトラマンデュアル2 (ハヤカワ文庫JA)

ウルトラマンデュアル2 (ハヤカワ文庫JA)

「自分のために行為しない唯一の宇宙人をボクは知っている。それは光の国の戦士だ。ヤツらは正義のために勝手に体が動いてしまう。たぐいまれな実力がなければとっくに絶滅しているはずだけどね。さて、地球に光の国の真似ができるかな」

ヴェンデリスタ星人との戦いから8年あまりが経った.国際防衛大学の設立と地球防衛軍の結成により,地球は敵性宇宙人との戦いに備えていた.栗村円と一ノ瀬環は新世代のウルトラ戦士になることを望んだが,ウルトラ・オペレーションに失敗した円は日本中からの嘲笑を受け,失踪してしまう.

相撲をモチーフに,宇宙外交と正義と愛をテーマにしたオリジナルのウルトラマン小説,第二巻.国民に選抜されて,「超人」は人為的に生み出されるようになり,ウルトラ化した人類が乗ることを想定した宇宙警備隊の戦闘機が開発される.一方でそんな人類のウルトラ化を抑止する思想「イチノセ・ブレーキ」が発表される.

果たして地球人は宇宙を守る者にふさわしいのか.良い意味でも悪い意味でも淡々としているので,盛り上がりに欠けることと,あれもこれもと詰め込んでいるためか,500ページ超に渡る厚さがありながらも収束している感じがしないのは欠点かなあ.小説としての面白さより,提示される思想やアイデアの密度を面白がる印象で,好みは分かれるかもしれない.怪獣小説でもヒーロー小説でもない,現代だからこそのウルトラマン小説だと思うのでした.



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羽場楽人 『スカルアトラス 楽園を継ぐ者〈1〉』 (電撃文庫)

スカルアトラス 楽園を継ぐ者〈1〉 (電撃文庫)

スカルアトラス 楽園を継ぐ者〈1〉 (電撃文庫)

白い少女は両手を膝の上に置き、淡々と語りはじめる。

「わたしはスカルアトラス。モンスターを全滅させるため、人類に創られた地上奪還兵器です」

エーテルの暴走によって,人類の文明が完全に途絶えて数億年.わずかに生き延びた人類は,塔の上の街で新たな文明を築いていた.街の地下,6600万年前の地層から発掘された巨大な骸骨,スカルアトラスの謎を探っていた考古学者のクレイは,地上奪還兵器として創られた化石兵器の覚醒に立ち会う.

少年が強大な力を持つ少女と出会い,神話と現実の入り交じる世界が変革されようとしていた.怪獣ものや巨大ロボットものを意識したと思われるファンタジー.溶けない氷に包まれた巨大な骸骨,モンスターが闊歩し人類が弱者に追いやられた世界,人類の天敵・ドラゴン.各々のファンタジー要素は悪くないのだけど,並べられるとファンタジーRPGのチュートリアルのような雰囲気が強い.手堅くまとまっているのは間違いないけど,個人的にはもうひと押し.強くは惹かれなかったかなあ.

井中だちま 『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?』 (富士見ファンタジア文庫)

父親の再婚相手ということではない、ガチで普通の母親、高校一年になった息子がいる主婦でありながら、十代少女と余裕で張り合えるほどの超絶的に若く見える真々子である。

ゲームを愛する高校生,真人.念願叶ってゲームの世界に転送された真人だったが,真人を溺愛する母,真々子がなぜかそれに着いてくることになる.

二振りの聖剣を抜き最強になった母親同伴のゲーム世界の旅.現在アニメ放送中の,第29回ファンタジア大賞〈大賞〉受賞作.美人で(見た目が)若くて優しい母親がいて,押しかけてきて求婚してくる女賢者がいてと,話運びが恐ろしく都合がいい.それ以上に,どんなひどい言葉でも無条件で受け入れてくれる都合のいいひと=母親,みたいな前提が話の根っこにあり,えー……という気持ちになってしまった.もちろん,作者もそこを意識した上で,カウンターを用意しているのはわかる.でもなあ.自分が続きを読むことはないでしょう.



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