小川哲 『嘘と正典』 (早川書房)

嘘と正典

嘘と正典

「同じ問いを、共産主義に当てはめてみましょう。現在の共産主義思想は、マルクスとエンゲルスが共同で書いた『共産党宣言』が元となっています。マルクスとエンゲルスのどちらかがいなかったとして、共産主義は存在していたでしょうか?」

零落したマジシャンの父が,最後に披露した時間マジックの仕掛けを描く「魔術師」.末期がんの父が馬主クラブに遺したたった一頭の馬をめぐる歴史「ひとすじの光」.過去を何度も「抹消」することで未来を手に入れようとしたあるドイツ人の話「時の扉」.音楽を「貨幣」や「財産」として管理している,フィリピンのある島の物語「ムジカ・ムンダーナ」.虚無が通り過ぎ,「流行」が消え去った世界を描いた「最後の不良」はこの中では異色の短編.表題作「嘘と正典」はCIA工作員が共産主義の消滅を目論み歴史への戦争に挑む.

描かれるのは「歴史」と「時間」.あと父親との関係が多く書かれるのは意図的なものなのかな.帯には「SFとエンタメ」を謳っているけれど,それ(だけ)を期待して読むと良い意味で裏切られることは必至.強い余韻を残す中短編集になっている.「魔術師」は下のリンクから無料で読めるので,ぜひ読んでみてくださいな.



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広重若冲 『ぜんぶ死神が無能なせい』 (講談社ラノベ文庫)

ぜんぶ死神が無能なせい (講談社ラノベ文庫)

ぜんぶ死神が無能なせい (講談社ラノベ文庫)

「もう、いや! 二度と羊肉は食べないと誓うから、許してほしいわ!」

おれは未樹を降ろした。「未樹、お前は羊肉なんか食べたことないだろ」

「そうだったわね。もし生き残ったら、羊肉を食べまくってやるわ!」

ある日の夜中.狭間孝一の部屋をノックしたのはひとりの見知らぬ幼女だった.死神を自称する幼女ラノ子は,孝一の余命が手違いであと6時間しか残っていないことを告げる.当然ながら死にたくない孝一は,幼女のアドバイスに従い朝までの行動を開始する.

第4回講談社ラノベチャレンジカップ佳作受賞作.ツッコミ不在の川岸殴魚のような,下品でない木下古栗のような,言葉では表現しにくい不思議なテンションのシチュエーションコメディ(?).リアルタイムに進行する話のスピード感と,ぬるっとした温度のギャグに,何だこれは……となっているうちに終わっていた.読み終わってからまずしたことは続きをポチることでした.自分では面白いともつまらないとも断言しにくいのだけど,かなりなワンアンドオンリーなのではないでしょうか.

溝口RUCCA 『ゴーストサプリ ―正夢―』 (ぽにきゃんBOOKSライトノベルシリーズ)

ゴーストサプリ -正夢- (ぽにきゃんBOOKSライトノベルシリーズ)

ゴーストサプリ -正夢- (ぽにきゃんBOOKSライトノベルシリーズ)

正午きっかりから、二時間、脚がスティックになるほど店内を走り回わらされ、店内は漸く、平常という名の状態を取り戻した。

敢えて「スティック」と表現したのは、多摩が昔から、私とともに同じバンドのドラムとして活動をしているのだと、サービス精神豊富な私が分かりやすく説明するためのフラグを欲したことに起因するものであって、断じて駄洒落などでは無い。

これでもまだ来年の一月までは、十九歳だし――。

女子大生の六花は死んだ恋人に出会うために,記憶を視覚化するサプリを飲み続ける.ニコニコ動画に投稿された同名楽曲の,クリエイター自らの手によるノベライズ,でいいのかな.本業作詞家の小説デビュー作ということもあってか,テキストは終始一貫してリリカル.恐ろしく目が滑り,なかなか頭に入ってこない.重いトーンの物語,リリカルなテキスト,等身低めのイラストの三者が完全に乖離していた.自分が想定される読者ではないということだとは思うけど,正直かなりきつかった.


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水樹尋 『W.W.W ―ワールド・ワイド・ウォーI―』 (講談社ラノベ文庫)

W.W.W ?ワールド・ワイド・ウォー1? (講談社ラノベ文庫)

W.W.W ?ワールド・ワイド・ウォー1? (講談社ラノベ文庫)

「僕だって凍華がなんて言おうと反対する。それ以上前に進ませたりしない。凍華の願いがどんなものかは知らないけど、そんな願いのためなんかに戦うなんて僕は認めない」

その言葉を発してしまった瞬間――。

場の空気が冷たく凍りついた。彼女は目の色を変える。

「そんな願いのためなんか……ですって……!?」

ワールド・ワイド・ウォー.特別な力を与えられた参加者たちが命をかけて殺し合い,優勝した者はどんな願いでも叶えられるというネット上の都市伝説.幼なじみの愛奈との学校帰りで,高校生の蓮也はワールド・ワイド・ウォーに巻き込まれる.

ひとつの街を舞台にしたバトルロイヤルのはじまり.正義感が強く視野が狭い主人公にまったく共感ができなくてつらかった.『Fate/stay night』における士郎を再演しているような……というか舞台然りバトルロイヤル然り,全体的にFateに似てるところが多いのかな.テキストは説明調が強すぎるし,話に集中するのが非常に難しかった.

伊瀬ネキセ 『封印少女と復讐者の運命式』 (ダッシュエックス文庫)

封印少女と復讐者の運命式 (ダッシュエックス文庫DIGITAL)

封印少女と復讐者の運命式 (ダッシュエックス文庫DIGITAL)

目覚めが快適だったことは一度もない。

いつだってそこから怒りと憎悪が始まる。

何年も何年も飽くことも慣れることもなく続いていた。

超巨大構造体〈エデン〉.破壊不能なこの迷宮の中で,いつからか人々は生まれ死んでいくようになっていた.己の復讐を果たすため,〈エデン〉の中をさすらっていた青年ノオトは,絶対に出会ってはいけないと伝えられる“封印少女”イドアリスに遭遇する.

第3回集英社ライトノベル新人賞優秀賞受賞.何者が造ったかもわからない,巨大構造物に封じ込められた文明の中で描かれる復讐者と復讐者の物語.舞台のスケールは意外と大きく,SFによくある題材でもある.後に「HELLO WORLD if」を書くことになるのもうなずける.

視点はあくまで登場人物たちにとどまったミクロなものではあるのだけど,「天使」を自称するぼんやりヒロインイドアリスを始めキャラクターは魅力的.緊張感の絶えないストーリーも悪くない.「HELLO WORLD if」がとても良かったので(積読から)手に取ったわけですが,期待通りでした.



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