赤城大空 『出会ってひと突きで絶頂除霊!6』 (ガガガ文庫)

槐の身体に巣くうは、サキュバス王が有する特殊感覚器官《サキュバスの角》。

その能力は――感度三千倍。

《サキュバスの角》に取り憑かれた童戸槐が,アンドロマリウスにさらわれた.この未曾有の霊災に,十二師天は退魔師協会が発足して以来初となる,退魔師と警察官総勢1400名に及ぶ大規模作戦を展開する.射抜いた相手を感度3000倍にする能力で暴走する槐と,それを殺害するべく対峙する十二師天.晴久たちは槐を助けるため,二者の間で無謀な賭けに出る.

東京を舞台に,サキュバス王の角 vs. 十二師天 vs. 絶頂除霊(テクノブレイカー)の三つ巴の戦いが繰り広げられる.エロとアクションと現代伝奇のシリーズ第六巻.災害としての「感度3000倍」(そのままだけどよかったのか)に,1000年以上誰にも祓えることのなかった呪われたサキュバス王の性遺物,そしてあらゆる汁がほとばしる.テーマ的にも山田風太郎を正しく受け継いでいると言える.同じガガガ文庫から出ている「魔法医師の診療記録」と比肩する,良い現代伝奇小説シリーズになったのではないでしょうか.



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逆井卓馬 『豚のレバーは加熱しろ』 (電撃文庫)

豚のレバーは加熱しろ (電撃文庫)

豚のレバーは加熱しろ (電撃文庫)

――……より一層、行ってみたくなりました。お豚さん、私が死んだら、私をお豚さんの世界へ連れて行ってください。これが私の、最後の願いです。

友人に勧められるままに豚の生レバーを食べた俺は,激しい腹痛で気を失う.駅のホームにいたはずの俺は,目が覚めると,知らない豚小屋で豚に囲まれていた.金髪碧眼の少女に豚小屋から引き上げてもらった俺は,まごうことなき豚になっていた.

奴隷のような扱いを受ける「イェスマ」の少女と,気づいたら異世界で豚になっていたオタク大学生の最初で最後の冒険.第26回電撃小説大賞金賞受賞作.「イェスマ」と「王朝」を中心とした異世界の描写が面白い.女性しかおらず,子供の頃に小間使いとして売りに出され,16歳になったら帰ることが義務付けられている「イェスマ」.そのイェスマたちを生み出し,帰った者は二度と姿を見せないという「王朝」.王朝に帰るイェスマを捕らえるイェスマ狩りに,ある時から現れるようになったという生物ヘックリポン.ハイファンタジーとは言わないまでも,しっかり設定を練っていてファンタジーとしては意外と硬派だと思う.

細々した部分にも伏線があり,ラストは非常にきれいにはまっていた.豚だから光の三原色が見えないだとか,獣の広い視界を人間の脳で理解することだとか,ちょっとした工夫も良い.金賞は伊達ではないなと思いました.良かったです.

陸道烈夏 『こわれたせかいのむこうがわ ~少女たちのディストピア生存術~』 (電撃文庫)

フウの身体を興奮が駆け廻った。ああ、これでまた私は昨日の私よりも賢くなれる。再び知識で満たされる喜びに全身が震えていたのだ。知識は命にもなり金にもなると。

ジャンク屋で手に入れたラジオだけが友だちの孤独な少女フウは,マイペースな腹ペコ少女,カザクラに出会う.ここは世界にただ一つだけ残ったヒトの国,チオウ.フウとカザクラは,力を合わせて王政府が敷く階層社会からの脱出を図る.

第26回電撃小説大賞銀賞受賞作.ポストアポカリプスでディストピアな,ガール・ミーツ・ガールSF.己の無知から母を失い,貧困の最下層にいたフウは,偶然手に入れたラジオから生きるための知識を身に着けて成長してゆく.「生まれて初めての科学的な思考」といい,上の引用部といい,知識を手に入れることを「喜び」としてストレートに描いており好感が持てる.

大テーマは「知は力なり」だと思うのだけど,なぜか俳句が挟まるバトルシーンからは『覚悟のススメ』を感じたり,フウとカザクラの遠慮のないやり取りから『キルミーベイベー』を感じたり.ポップな部分と,ハードなディストピアの振り幅は大きく,それでいて不思議なバランスが取れている.関節から蒸気を吹き出す人造人間や,砂漠に住むという伝説の竜といったケレン味も楽しい.「王政府は統計を偽っている」とピンポイントな指摘が入るのにもフフっとなる.とても良いものでした.

本田壱成 『シンドローム×エモーション』 (電撃文庫)

シンドローム×エモーション (電撃文庫)

シンドローム×エモーション (電撃文庫)

  • 作者:本田壱成
  • 発売日: 2016/09/10
  • メディア: 文庫

「そんな文句に騙されやしないさ、美里は。聞こえが良いだけの絵空事だ」

「ボクらが語っているのは、理想だ。聞こえが良いのも、絵空事なのも当然です。重要なのは、それを実現する意思がボクらにはあるということですよ」

ああ、と環は思う。心の中で、憎々しげに呟いた。

(知ってるよ。だからこそあんたらは厄介なんだ)

突然の睡眠と“正夢”(コネクト)をもたらす奇病,スノウホワイト・シンドロームの蔓延によって“覚醒者”(コネクター)たちが誕生して8年.その後にもたらされた大災害“悪夢の日”(ミラージュ・デイ)を経て社会は大きく変容していた.覚醒者の保護・管理を目的とする治安維持組織Seventhに所属する千歳環は,目覚めたばかりの覚醒者,ニコラ・ベイカーと出会う.

条件(トリガー)結果(エフェクト).乖離した二つの事象を問答無用に繋ぎ合わせることから“覚醒者”(コネクター)と呼ばれる,世界に居場所のない者たちの戦いを描く.作品にSF傾向が強い作者だけあって,いわゆる異能を使ったアクションも,理屈を付けつつきっちり描いていると思う.望まない力を手にして世界から否定される者たちのキャラクターの個性づけや口癖も特徴的.2時間の映画を見たような気分になれる,良質なアクション小説でした.ラストは唐突でびっくりしたけど.どこかで伏線あったっけ?

宮澤伊織 『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』 (ハヤカワ文庫JA)

やばい、追いつかれる。追いつかれたら……。

……追いつかれたら、どうなるんだ?

何をされるんだ、こいつらに?

それすらわからないことに慄然とする。これが野犬なら、噛まれる痛みや、喰い殺される恐怖を想像すればいい。だけど、こいつらは何なのかすらわからない。

〈裏側〉で“あれ”を目にした紙越空魚は死にかけていた.そこにたまたま通りかかった仁科鳥子に助けられたことで,くたびれ気味の大学生だった空魚の人生は一変する.

都市伝説や実話怪談,ネットロアが形を持って存在する謎の空間〈裏世界〉.お金のため,いなくなったひとのため,相方のため,ふたりの女子は探検する.ストルガツキー兄弟の『ストーカー』みたいな設定だと思ったら,そもそも原題がそのまま(『路傍のピクニック』)だったのね.

ポップで読みやすい語り口で,〈裏世界〉という現象への認識から生じる恐怖と狂気をすらすら読ませる.腹の底からじわじわと気持ち悪さが浮かんでくるのだけど,読むのを止められない,みたいな.薄皮一枚の裏表にある現実と裏世界,その密接な位置を自然に飲み込ませてしまう,みたいな.アニメ化発表を機に積ん読から取り出したのですがとても良いものでした.



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