瘤久保慎司 『錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカット』 (電撃文庫)

「それじゃィ。弱い。弱い弱い。おめえは神でも悪魔でもない、矢だ! 思い出せ。矢にできることなんざ、一ツっきりじゃろうがァっ」

地獄から蘇った前知事、黒革ケンヂによって、日本は忌浜県に制圧されつつあった。ビスコとミロは人々が圧政に苦しむ忌浜に潜入する。黒革の狙いは、ビスコを主人公にした『本物』の映画を撮影すること。そのために、日本全土を征服したのだという。

復活を遂げた最初の敵。その目的は、かつて自身を叩きのめしたヒーローを主役にした映画に撮ることだった。舞台は日本全国、再会あり、別れあり、笑いあり涙ありバトルありラブシーンもあり。映画がテーマだけあって、全部盛りの劇場版みたいな一冊になっている。

毎度毎度、悪役に愛すべき魅力があるのが本当に良い。男女問わず、モテモテのビスコは、まるで乙女ゲームのヒロインの様相。というか、巻を重ねるごとに向けられる愛のベクトルがあっちゃこっちゃと深くなっていくのが微笑ましくもちょっと怖い。世界において、『本物』と何か。「世界に祈られすぎて、自分に祈ることを忘れた」ビスコと作者自身が重なり合うあとがきにちょっと泣いてしまった。さらに一皮むけた。傑作だと思います。

宮澤伊織 『裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト』 (ハヤカワ文庫JA)

ああ、もう。

おまえが言ったんだぞ。

共犯者って、この世で最も親密な関係だって。

おまえが! 最初に!

ネットロアが形を持つ未知の空間、裏世界。裏世界を研究する民間機関、DS研の存在も明らかになり、女子大生二人とその周辺がさらににぎやかになる予感の第二巻。この巻でキャラクターのリアリティというか解像度というか、そういうのが一段上がったように感じた。オッドアイが目立ちすぎるけど、カラコンで隠すのが面倒になってしまったからそのまま大学に通うようになった、という空魚が代表的。きさらぎ駅と米軍がもう一度登場するとは思っていなかったので驚いたけど、読み終わってみると説得力と存在感、親近感がぐっと増すという。キャラクター造形の妙味を感じる巻になりました。

枯野瑛 『終末なにしてますか?異伝 リーリァ・アスプレイ #02』 (スニーカー文庫)

「アレが正規勇者(リーガル・ブレイブ)なら、そして今後も正規勇者(リーガル・ブレイブ)でいるつもりなら、なぁんも怖かねぇ。やつらの人生にゃ、特大の縛りがかかってっからな」

「……つまり?」

正規勇者(リーガル・ブレイブ)は、正義の味方じゃねぇ。あくまでも、人類の味方であって、人類の敵の敵だ」

海上都市国家バゼルフィドルを訪れていた正規勇者(リーガル・ブレイブ)リーリァ・アスプレイに初めての友人ができた。その友人エマ・コルナレスは、国の裏に蔓延る悪意に導かれ、人類の敵になった。そこにあるのは、最初の勇者の死に見立てられた、悲劇への一本道。

「終末なにしてますか?」シリーズの約500年前の出来事を描く、正規勇者(リーガル・ブレイブ)リーリァ・アスプレイの物語、第二幕。政治的な思惑や悪意、それらををすべてひっくり返すだけの力を持つ「英雄」の悲しさ。讃光教会に指名され、「ステレオタイプの英雄」の人生を義務付けられてきた正規勇者(リーガル・ブレイブ)の生き様を、最初の勇者と、勇者に恋した化け物の、むかしむかしの悲劇に見立てて描いてゆく。世界に必要とされる無敵の「英雄」と、そんなものクソくらえと足掻く「凡人」の姿が胸に迫る。シリーズには珍しい、ほのかな希望が見える終わり方もとても良かった。ここ数冊ではベストだったと思います。

岬鷺宮 『日和ちゃんのお願いは絶対』 (電撃文庫)

日和ちゃんのお願いは絶対 (電撃文庫)

日和ちゃんのお願いは絶対 (電撃文庫)

  • 作者:岬 鷺宮
  • 発売日: 2020/05/09
  • メディア: Kindle版

「うん。なんて言えばいいのかな……まるで……まるで、そう」

と、彼女は少し、疲れた笑顔でこちらを向き――、

「まるで――世界が終わりたがってるみたい」

同級生の葉群日和に告白された頃橋深春は、彼女と付き合うことになった。どこかほんわかした、優柔不断な日和には、ある秘密があった。聞いてしまえば、誰も逆らうことができなくなる「お願い」。彼女の持つ力が、ふたりの恋と世界のすべてを決定的に変えてしまう。

遙か彼方にある、永久に変わらない光景――。

かつて『世界』は、そういうものを想起させる言葉だったらしい。

けれど――それは間違いだ。

きっとそれはもっと脆くて、手当をしなければすぐに崩れてしまう。

そのことを、現代の俺達は誰だって知っている――。

場所は尾道、時は現代。彼女は「お願い」によって世界中の政治や紛争に介入し、その形を変え続けていた。世界を変えられる力によって世界から求められ、憎まれる彼女と、そんな彼女に求められた平凡な彼氏の恋物語。

――『世界』なんて言葉が乱用された時代がある。

自分の身の回りの狭い範囲を指して。

あるいは、自分の届かないすべてに思いを馳せて。

そしてときには――その二つを混同して、沢山の人たちがその言葉を消費した。

情報化が更に進み、「世界」という言葉は意味を変える。現在でなければ書くことも読むこともできなかったと思われる、セカイ系のためのセカイ系。新型ウイルス禍や大学入試改革に触れた最初のセカイ系物語だと思う。ある種の懐かしさをもって語られる、現在進行形の物語。これを今書くことの意味はなんだろうと考えてしまうところもあるけど、自分はとても楽しかった。識者の意見というか感想が聞きたいな。

葵遼太 『処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな』 (新潮文庫nex)

「冷めたままやるロックほど、ひとをばかにするものはねえよな」

苛立ちは、だれにたいしてのものだったのだろう。僕を責めているわけではなさそうだった。

僕は留年して、二度目の高校三年生になった。机に突っ伏して一年をやり過ごそうとしていた僕は、隣の席のギャル、白波瀬に話しかけられる。これがきっかけで、たまたま近くの席に座っていた、クラスの雰囲気に馴染めない四人はつるむようになる。

恋人との死別で、心がすっかり冷え切ったまま二度目の高校三年生になった僕が、はみ出し者たちと新しい居場所を見つけるまで。そして思い出を抱えたまま、残されたひとたちがどう生きていくかについて。タイトルはカート・コバーンの引用。物知らずなので竹宮ゆゆこみたいなタイトルだなあと思ってしまった。

ロックをテーマにしつつも、良い意味で尖ったところのない、いいやつしかいない、優しい小説になっていると思う。陰キャに優しいギャルをはじめ、かなり都合の良いストーリーラインになっているなあ、と思ったのも事実だけど、悪い気はしない。ロックなようでロックになりきれない、ストレートでみずみずしい青春小説でした。