さがら総 『教え子に脅迫されるのは犯罪ですか? 7時間目』 (MF文庫J)

今回の話は、才能にまつわる話ではない。

才能よりも、なお根源的な。

人の価値と存在意義の話をしようと思う。

塾講師としての経験を活かし、久しぶりの新作を書き上げた天神。しかし、このタイミングで担当編集の志辺里が「面倒な感染症」に罹り、自宅隔離となってしまう。代役として「MF文庫Jのエース」と呼ばれる編集が一時的につくことになるが、彼は天神の考え方がスタートから間違っていると言う。

「才能の世界」で藻掻き苦しむ塾講師兼ライトノベル作家の物語、第七巻。毎回時事ネタを取り入れてきたシリーズだけど、世間がコロナの渦中にあることになっていたのは驚いた。編集の一時的な交代はたぶん予定通りだろうけど、これは意図して取り入れたものなのかしら。

見えない相手との、純然たる好意による無限のやりとり。

やさしい世界のやさしいコミュニケーション。

そこに悪意はなく、敵意はなく、害意はなく、批難はなく、批判はなく、批評はなく、不評はなく、不平はなく、不満はなく――。

あるいは。

なにも、ない

必要なのは面白い小説を書くことではなく、「面白そうだと思わせるもの」を書くこと。Webと女子高生たちを利用した、作品とも作者とも関係のないプロモーションを続ける。「気持ち悪い」とまで言われても、売れなければ続きは出ない。でも……。嫉妬に苦しみながら、なんだかんだと救いや希望が残ってしまうあたりが、かえって行き場のない地獄=「才能の世界」になっているのかもしれない。売ることにかけてはエース級という編集者のやり方を見て、某天才編集者も本当は面白い本を売りたいと思っているのだろうか、とか、なんかいろいろまとまらないことを考えてしまった。

零真似 『君はヒト、僕は死者。世界はときどきひっくり返る』 (ガガガ文庫)

スクーターに乗って。ファイを後ろに乗せて。ときどきはしゃぎすぎる彼女に慌てながら。なにもない世界を。どこまでも。どこまでも。一緒に、走っていく。

そんな日が続いたらどんなにいいだろう。僕だってそう思う。

でも、思いだけを原動力にしてずっと走り続けることはできない。

いつか現実に追いつかれて、僕たちの歩みは止まってしまう。

そのとき訪れる“本当の別れ”が僕は怖い。

天に浮かぶ世界時計を境界として、ヒトの住む「天獄」と死者の住む「地国」とに別れた世界。地国の住人である死者の僕は、天獄から落ちてきた少女、ファイに出会い、ひと目で恋に落ちる。

引力が逆転する日まであと二十二日。決して実らない恋と知りながら、僕は彼女を守り続ける。第14回小学館ライトノベル大賞ガガガ賞受賞作は、とてもキュートでちょっと洒落たボーイ・ミーツ・ガール。二人乗りのスクーターで地国をさまよったり、恋するヒトのピンチにスクーターで突進して大暴れしたり、いっしょに空を眺めたり。なにもない(そもそも主人公に名前がない)地国で限られた時間を過ごす本来なら相容れない二人を、なにかの歌詞みたいな、独特のキレがあるテキストで語ってゆく。作者の本を読むのは『いずれキミにくれてやるスーパーノヴァ』以来になるけど、さらに洗練されたエンターテイメントになっている印象を受けた。ストレートでとてもかわいらしい、男の子と女の子の出会いと恋の物語でありました。



kanadai.hatenablog.jp

悠木りん 『このぬくもりを君と呼ぶんだ』 (ガガガ文庫)

このぬくもりを君と呼ぶんだ (ガガガ文庫)

このぬくもりを君と呼ぶんだ (ガガガ文庫)

  • 作者:悠木りん
  • 発売日: 2020/07/17
  • メディア: Kindle版

体の横に垂らしていた左手の甲がこつん、とトーカの右手の甲に触れた。

この温もりは、きっとリアルなのかもしれない。

だって確かに隣にあって、この手で触れることができるから。

いまからおおよそ200年後の世界。地上に住めなくなった人類は、偽物の空と人工太陽に照らされる地下都市に生活拠点を移していた。フェイクでできた都市でリアルな何かを探していた少女レニー・ウォーカーは、不良少女のトーカ・オオナギと出会う。

第14回小学館ライトノベル大賞優秀賞受賞作。すべてがフェイク・偽物で出来た都市で、リアル・本物を求める少女の物語。フェイクとは、リアルとは、を何度も何度も繰り返す語り手は、青臭くもあり、おそろしく愚直でもあり。青春小説としてはそれでいいと思うのだけど、ストーリーの方はかなりの尻すぼみ。地下都市、人工太陽というSFガジェットに、数百年に渡る遺恨となった移民問題も、いまいち物語に活かされていない。仲谷鳰のモノクロイラストと描きおろしカラー漫画(!)は作品の雰囲気を掴んでおり、そちらは掛け値なしに良いものだった。

大泉貴 『ダンジョン・ザ・ステーション2』 (LINE文庫エッジ)

「僕はね、ここは戦場だと思っているんだ」

「……戦場?」

「そうとも。我々の世界と、異世界とが争う、戦争だよ」

新宿駅の第五層に棲むという最強最悪の怪物、〈駅龍(ドラクル)〉。ユウたちのパーティは、それまで階層を越えて現れることのなかった〈駅龍(ドラクル)〉に襲われ仲間を失う。〈駅龍(ドラクル)〉を打倒するため、仲間を取り戻すため、ユウたちはダンジョンの奥にあるというオリハルコンと呼ばれる“ナニカ”の探索へと赴く。

迷宮と化した新宿駅で、ダンジョンを掌握しようとヒトと怪物の思惑が交錯する。ダンジョンの内外から敵の現れる、現代冒険譚の第二巻。舞台やガジェットは非常に現代的だけど、起承転結のしっかりした、古き良きダンジョンファンタジーの香りがする。うまく言葉にできないんだけど、ダンジョンそのものが小説から生まれた、という由来が効いている気がしている。ファンタジーの脅威たるドラゴンを模した〈駅龍(ドラクル)〉は良い意味で古典的な描き方。そこに無人在来線爆弾(のようなもの)をぶつけるのは現代的、という。せっかく面白くなってきたのに、LINE文庫終了で続きが読めないのは残念だなあ。

杜奏みやび 『女子高生同士がまた恋に落ちるかもしれない話。』 (電撃文庫)

目が合った瞬間、また、昨日のことを思い出していた。

418号室の中、挨拶をしようと佑月に声をかけて、そこで目が合った瞬間のこと。

まるで“特別”を形にしたみたいな、そんな女の子の、佑月に。

わたしはもう、自分が呼吸を続けてしまっていいのかも、わからなくなって――

八年前。星空の下、帰れなくてひとりで泣いているわたしに声をかけてくれたのは、背が高くてかっこいい、同い年くらいの女の子。それはわたしの初恋だった。

高校生になったわたしは、初恋の女の子に再会した。星楽部に集まった四人の女子高校生、その間にあるちょっとしたすれ違いと両片想いを描く、二度目の初恋の物語。きららか百合姫かと言った雰囲気のオーソドックスな青春小説。四人全員主役の、ノクチル的な群像劇になるのかしら。二巻はもう決まっているようだけど、売れないとヤバそうなことがあとがきから伝わってきた。良くも悪くも変な癖は薄いので、次も読もうと思います。