木下古栗 『サピエンス前戯 長編小説集』 (河出書房新社)

サピエンス前戯 長編小説集

サピエンス前戯 長編小説集

  • 作者:木下古栗
  • 発売日: 2020/08/26
  • メディア: 単行本

異性愛者なのに、じかに同性のオナニーを鑑賞したことがある人は挙手してほしい。実を言うと僕もその類に当てはまり、今まさにこの文章を書きながら、心の手をまっすぐにぴんと挙げている。

西暦2047年。全自動前戯機ペロリーノを発明した起業家と脳科学者が出会い、前戯と人類の可能性について大いに語り合う表題作「サピエンス前戯」。人類の意識や文化の発展は前戯のおかげであり、むしろホモサピエンスのすべての文化や活動は前戯である、というようなことを、冴え渡る言語センスで滔々と語る。「前戯技術的特異点、すなわちゼンギュラリティ」とは一体。基本的にはわかりやすい主張だと思うし、やってることはいつも通りと言えばその通りなんだけど、だんだん自分は何を読んでいるのかという心持ちになる。「長編小説集」の表題作を名乗るだけあってむやみと長い。

気まぐれである映画上映会に参加した主人公は、映画と関係ないところで同性にオナニーを見せつけられることになる。「オナニーサンダーバード藤沢」は下品極まりない「天地創造のようなオナニー」から始まり、余韻を残すような、そうでもないようなラストが良かった。品の無さではいちばんではなかろうか。

巻末の「酷暑不刊行会」は最高によかった。読書、ダジャレ、身も蓋もない下ネタと、自分が好きすぎる題材もさることながら、書き上げるまでにかかったであろう莫大な労力と、アウトプットされた作品のあまりのくだらなさのギャップに震える。ダジャレ好きはこういう思考するよね、みたいな共感できる描写や、どうしようもないラストも最高。

雑誌掲載の短編三作に、それぞれの「その後の展開」を書き下ろした作品集。相変わらず、徹底的に品がないので強くおすすめはしないけど、とてもよい作品集でした。

ツカサ 『明日の世界で星は煌めく2』 (ガガガ文庫)

明日の世界で星は煌めく (2) (ガガガ文庫)

明日の世界で星は煌めく (2) (ガガガ文庫)

  • 作者:ツカサ
  • 発売日: 2020/08/20
  • メディア: 文庫

『さようなら、彼が愛した憎らしい人。妹と仲良くしてくれてありがとう』

その言葉は私の疑問に対する答え。

そして私の命を散らす宣告。

怪物「屍人」の襲来により終わった世界。南戸由貴は、再会した友人の榊帆乃夏と一緒に、帆乃夏の姉を探していた。手がかりを求めて、「魔術師」と呼ばれていた父の残した屋敷で見つけた不思議な鏡。その先は京都につながっていた。

終わった世界、二人は旅をする。「ガールズサバイブストーリー」の第二巻。帯にある「百合×魔法×ゾンビアポカリプス」を全部盛り込みながら、オーソドックスで地道な話作りをしていると感じた。世界が終わってしまった理由、姿を消した姉、魔術師。良い意味で教科書的な、謎が話を強く牽引するストーリーテリングだと思う。派手さはさほどではないけど、読んでいて純粋に先が気になりました。



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紙城境介 『継母の連れ子が元カノだった5 あなたはこの世にただ一人』 (スニーカー文庫)

――僕は、東頭いさなを信じている。

これは恋愛ではなく、信仰だ。

告白されて、フッて、それでも友達として同じ距離を保っていた伊理戸水斗と東頭いさな。あまりに距離感が変わらなすぎたせいで、周囲からは付き合っていると認定されてしまう。元カノにして義理のきょうだいである伊理戸結女は気が気でない。

空気の読めない「変な子」と言われていた女の子の、胸の内にあるもの。東頭いさなという、ラブコメの登場人物としてはかなり特異な立ち位置にあるキャラクターを掘り下げるシリーズ第五巻。

変な子、普通の子、空気の読めない子にもそれぞれ思うところがあって、いわゆる「キャラクター」でくくれない胸の裡がある。大雑把にそういう話だと思うのだけど、いわゆる負けヒロインと思われた東頭いさながたいへん魅力的で可愛らしい。いや登場時点で魅力的だったのだけど、例えるなら、倒したはずの最強の敵がパワーアップして大復活を遂げたかのような感じというか。わかりやすいところに落ち着かせないストーリーテリングが本当に素敵だと思います。

赤月カケヤ 『異世界はジョーカーに微笑んだ。』 (MF文庫J)

異世界はジョーカーに微笑んだ。 (MF文庫J)

異世界はジョーカーに微笑んだ。 (MF文庫J)

初めて人を殺したのは、八歳のときだった。

相手は母の再婚相手、つまりは義理の父だ。

法で裁かれない人間を次々と殺し、世間から「正義の殺し屋」、「現代の必殺仕事人」と呼ばれていた男、ジョーカー。彼は自分を追い詰めたSAT隊員とともにミサイルで吹き飛ばされ異世界に転生する。そこは選民思想に支配された階層社会だった。

正義の殺人鬼は理不尽な世界から理不尽な異世界へ転生する。インテリ殺人鬼の活躍に暴力にセックスに露悪趣味と、作者の嗜好が存分に弾けたエンターテイメントになっております。勃起したペニスを切り落として踏みにじるような小説をMF文庫Jで読めるとは思わなかった。ガガガ文庫でもやってなかったぞ。

支配者に好き放題され抑圧される弱者たちの復讐と、裏に表に暗躍する異世界者(ドリフターズ)。読んでいて不思議と懐かしい気持ちになって考えたのだけど、これは時代劇のフォーマットなのかな。異世界転生ものの皮をかぶった時代劇。楽しかったです。

柴田勝家 『アメリカン・ブッダ』 (ハヤカワ文庫JA)

アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)

アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)

ジョン・ヌスレは自分の職業に誇りを持っていた。

空港で働く検疫官だった。感染症を国内に持ち込ませないという、崇高な使命を持った仕事である。ただし動植物や食べ物に対する検疫ではない。それは人から人へ伝染し、流行すれば甚大な被害を及ぼすもの。比喩的には病原体とも言えるだろうが、感染した時には体よりも思想に害をなすだろう。

つまり物語である。

生まれたときからVRゴーグルを装着し、仮想世界の中で生き続けることを選んだ少数民族の記録、『雲南省スー族におけるVR技術の使用例』『鏡石異譚』。東北に建設された国際リニアコライダーとともに成長したある女性の、記憶と時間にまつわる物語。『邪義の壁』。実家に古くから伝わる「ウワヌリ」と呼ばれる白い壁に込められたもの。『一八九七年:龍動幕の内』。ロンドンに渡った南方熊楠は、留学中の孫文とともに「天使」を目撃する。『ヒト夜の永い夢』のスピンオフ。

『検疫官』。物語を病気として扱う世界唯一の国で検疫官として働くジョンは、国と世界が物語に敗北する様に直面する。自分も含めて「人間は物語に生かされている」という価値観が一般的だと思っていたので、それを逆転させるとどうなるか、みたいなある意味残酷な雰囲気が出ていた。

『アメリカン・ブッダ』。“大洪水”と名付けられた大災害と暴動によって、国民の多くが現実を見捨てたアメリカ大陸。国に残ることを選んだ、仏教徒のインディアンの語りかけによって、新たな宇宙観を得た仮想世界のアメリカは大きく揺れ動く。

六篇を収録した著者初の短篇集。宗教や民俗学といった題材と、VRやILCといった最新技術を融合させることで世界の中の世界、宇宙の外側の宇宙を表現し、社会と人間、感情を描いたSF、というのかな。個人的には長編よりもしっくりくる話が多かった印象があった。とても良いものでした。



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