牧野修 『万博聖戦』 (ハヤカワ文庫JA)

万博聖戦 (ハヤカワ文庫JA)

万博聖戦 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:牧野 修
  • 発売日: 2020/11/05
  • メディア: Kindle版

今のサドルには、大好きな父親が幾度も自殺を試みていた気持ちが少しだけわかる。あれは生きたかったのだ。生きたかったからこそ、死を経験しようと思ったのだ。死にたくなるような何かに、いつも父親は抗っていたのだ。

俺も戦うよ。

未明も、シトも、俺が救ってやる。

ついでにクソみたいなこの世界も。

1969年。中学生のシト、サドル、未明は、万博の開催を翌年に控え沸いていた日本が宇宙からの侵略者、オトナ人間に支配されつつあることに気づく。オトナ人間とコドモ軍の最終決戦が執り行われる特異点、1970年の大阪万博博覧会に向けて、大人たちと子供たちの戦いが始まった。

1969年から2037年へ。ふたつの大阪万博に渡って繰り広げられる、大人と子供それぞれの世界を賭けた戦いの記録。2020年東京オリンピックに続き2025年大阪万博も中止となり、リスタートの途上にある世界。VRを利用してまるごと万博会場になった大阪市の2037年の混沌のなか。自由よりも社会的であることに欲望を抱くオトナ人間と、時間という概念を持たず、虚構(フィクション)事実(ファクト)を区別せず、あらゆる子供を救済することを是とするコドモ軍の最後の戦い。作者一流の様々な奇想にクラクラする。

1970年ではコドモだったシトとサドルが、大きな事件と長い時間を経た末の2037年の対立が切なくなる。宇宙だとか時間だとか、大きな時空間と社会の在りようを描きながら、最終的には始まりの物語に収束していく。テーマ的には「オトナ帝国の逆襲」のようであり、『STEINS;GATE』のようなループもののようでもある。スケールの大きな物語のようでいて、その実、三人だけで完結した、完全に閉じた物語であるように読める。あらゆるものがド派手だけど、そもそもすべては泡沫の夢なのではないか、みたいな。幻想的、奇想小説と言って差し支えないと思うけど、大人と子供の対立だったり成長だったりの物語だと思っていたらかなり違っていた。いろんな読者の感想や解説を聞いてみたくなるタイプの小説でした。

枯野瑛 『終末なにしてますか? もう一度だけ、会えますか? #09』 (スニーカー文庫)

「自分の好きなものばかり守ってて許されるのは暴君と、あと、お話の中の主人公だけ。嫌いなものも守るつもりでこその守護者でしょ」

「しかし、それは」

獣人は一度、大きな顎で唾を飲み下し、

「とても高潔な、いえ、高潔すぎる考えです」

大げさなことを言い出した。

貴翼帝国で起ころうとしていた内乱。その中心には「青鷺姫」と呼ばれる貴族の令嬢の思惑があった。悪と悪の食い合いに翻弄される、姫と騎士と英雄の物語。

自分たちは、戦いを義務付けられていない、最初の世代の黄金妖精(レプラカーン)だ。

そして、きっと。

自らの意志で戦いを選ぶ、最初の世代の黄金妖精(レプラカーン)となるのだろう――

兵器としての役割を求められなくなった妖精たちは、ふわふわした気持ちのまま日々を送り、人間のように成長していた。それから5年。二人の少女は戦場に送られることになる。

「英雄」となった少女の活躍と、「最後の決戦」へ向かう幼い妖精兵たちの決意を描いた短篇二編。「終末」がテーマだけあって、今までも風刺は含まれていたのだけど、今回は心なしか多め、かつストレートに気持ちが込められた気がする。エンターテイメントは時事ネタと風刺をぶちこんでナンボ。良かったと思う。

石川博品 『ボクは再生数、ボクは死』 (エンターブレイン)

ボクは再生数、ボクは死

ボクは再生数、ボクは死

「死んで償え。そしてボクたちの動画の高評価を増やせ」

シノは銃口を男の口につっこんだ。

「クソ女」

男は口がふさがっているのに明瞭な口調で言う。視線がポンチョの下、何も穿いていない脚の間に行く。

「でもカワイイでしょ?」

2033年。しがない会社員、狩野忍は世界最大のVR空間、サブライム・スフィアで世界最高の美少女、シノとして。に日々入り浸っていた。ここで忍は世界最高の美少女、シノになる。高級娼婦のツユソラに恋をしたシノは、金を稼ぐために動画配信を始めることにする。

栃木県の片田舎から、世界最大のVR空間へ。世界一の美少女になるため、俺は日々紙おむつを穿く。現代を舞台にした由緒正しきヤクザ・セクシャル・サイバーパンク。当たり前のように振るわれる暴力と、日常の一部になったセックス。簡素で乾いた、それでいてロマンティックで人間臭さの垣間見えるテキストと複数のアイデンティティが、愛と魂の在り処について語る。

新しさ(VRとかMMO、Vtuber的な何かを経由した社会経済とか)と古くささ(あらすじ:電脳世界で惚れた高級娼婦を抱くため、俺は殺し稼業に手を染める)がないまぜになった描写が実に濃密で楽しい。連想したのはチャールズ・ストロスと攻殻機動隊かな。リーダビリティが非常に高く、450ページを超える厚さも気にならない。個人的には古いSFおじさん向けなのでは、と思ったけども、ガジェットとマクガフィンを使った現代の描き方は今まで読んだ小説でもトップクラスにうまい。30年後とかに読んだらだいぶ印象が変わってそうだな、という妙な感慨があった。良かったです。

玩具堂 『探偵くんと鋭い山田さん2 俺を挟んで両隣の双子姉妹が勝手に推理してくる』 (MF文庫J)

「あなたたちの『探偵』は……そういうことだと思う。善いとか悪いとかじゃなく、事件や関わった人たちへ、知恵を尽くして向き合う。そうやって、人間が作り出した複雑怪奇な謎を楽しめばいいのよ。それはきっと、なにより人間的なことで……わたしが高校生だった時に足りなかったものだわ」

オフ会での記憶を頼りに、ネットゲームのプレイヤーの中の人を突き止めよう。残された寸評を読んで、5年前に消えた原稿の行方を突き止めよう。自殺をほのめかすSNSのアカウントの中の人を突き止めよう。「探偵」の戸村に持ちかけられた依頼を、雨恵と雪音の山田姉妹と推理してゆく初夏の日々。「ちょっと甘めの学園ミステリーラブコメ」第二巻。非常に小気味よいラブコメであり、明快かつ軽快な日常の謎であり。作者プロフィールにある通り、手軽さを心がけている印象が見受けられる。良い意味で狙い通りになっていて、ミステリが苦手なひとでも読みやすいのではと思う。それぞれの謎にテーマがあって、筋が通っているのが気持ちいい。一巻に続き、良いものでした。


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斜線堂有紀 『死体埋め部の悔恨と青春』 (ポルタ文庫)

死体埋め部の悔恨と青春 (ポルタ文庫)

死体埋め部の悔恨と青春 (ポルタ文庫)

朝日はこの上なく眩しかった。さっきまで震えていたはずの身体が、生まれたての日差しに包まれていく。

恐ろしいことだと思った。このままだと、一連の出来事が美しい文脈に改竄されてしまう。祝部の味わった全ては単なる悪夢だ。常軌を逸した狂乱だった。それなのに、こうして朝日で締め括られると、何もかもが浄化されてしまいそうで怖かった。出口を求めるように、織賀の方を見る。

上京したばかりの新大学生、祝部は、飲み会の帰り道でナイフを持った何者かに襲われ、相手を殺してしまう。途方に暮れる祝部の前に、赤いジャージを着た男、織賀が現れる。同じ大学の先輩で「死体埋め部」の部長を自称する織賀は、死体の処理を請け負うという。

部長と副部長だけの死体埋め部、その青春の日々を描く。かなり異色の青春ミステリ小説。一種のピカレスクロマンというのかな。死体に込められた物語を語り、埋めてゆく。織賀善一という狂人の強烈な個性と、それに対する信仰のような気持ちがあまりに生々しい。腹の中にずんと重いものが残るような、特異な読書体験でした。



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