菊石まれほ 『ユア・フォルマ 電索官エチカと機械仕掛けの相棒』 (電撃文庫)

時々突風が吹き抜けるように、こんな大人にはなりたくなかった、と思うことがある。

侵襲型複合現実デバイス「ユア・フォルマ」とは、ウイルス性脳炎のパンデミックから人類を救った技術を応用して作られた「脳の縫い糸」。インターポール電子犯罪捜査局本部電策課に所属する電策官のエチカ・ヒエダは、ユア・フォルマに感染し感染者に吹雪の幻覚を見せる自己増殖ウイルスの事件を追っていた。捜査のためサンクトペテルブルクに赴いたエチカは、ヒト型ロボット・アミクスの電策補助官、ハロルド・ルークラフトとコンビを組むことになる。

「このままいけば近い将来、人間は思考を放棄し、文化(ミーム)を放棄し、哲学と誇りを忘れ去り、生まれつき備わった欲求と感情だけで物事の判断をくだすようになる。思慮深さは失われ、人工知能に退化する」

第27回電撃小説大賞金賞受賞作。2023年、侵襲型ARデバイスが広く発達した世界。装着者の視覚、聴覚、記憶すべてを記録し、捏造のできない「機憶」にダイブすることを仕事とする、ロボット嫌いの電策官がヒト型ロボットと組んで自己増殖ウイルスの事件を追う。その中で明らかにされていくものとは。パンデミックを克服し、デバイスの発達とネットワーク、フィルターバブルによってもたらされた人類の変化。ネットワーク技術を拒否しバイオハックをしながら暮らすノルウェーの少数民族。社会に広まりつつあるロボットに向けるヒトの感情。ロボットが逆にヒトに向ける感情。

孤独でも困らない? 一人のほうが気が楽だって?

嘘吐きめ。飢えすぎだろう。

あらすじと大まかな流れで『鋼鉄都市』のアップデート版のようなイメージを抱いたけど、ストーリーやガジェットは現代SFの集大成のようになっていたと思う。父とロボットへのトラウマによってロボットを嫌うエチカと、それを物ともしないハロルドの関係は、一言では言い表せない屈折したもの。人間とロボット捜査官のバディものであり、人間存在を問うSFであり、テクノミステリであり。姉の存在をめぐる姉SFの面もある。様々な要素を詰め込みつつも、リーダビリティが非常に高いのも良いところ。大賞を取るのも納得で、むしろそこに収めるのがもったいないくらいの、広く読まれてほしい傑作だと思いました。

手代木正太郎 『鋼鉄城アイアン・キャッスル』 (ガガガ文庫)

皮膚が人とは思えぬ真紫色をしていた。剃髪なのは僧ゆえ当然だが、頭髪のみならず眉一本、睫毛一本すらもない。鼻が猛禽の嘴を思わせて高く、耳は出羽山中に巣食うという叡流風(えるふ)天狗のごとく長く先が尖っている。だが、何よりも佐吉の胸に寒気を感じさせたのは、その目だ。

ギョロリと大きなまなこに対し、異様に黒目が小さい三白眼。見つめられるとさながら爬虫生物の凝視を受けているかのごとき気味の悪さがあった。妖相と言っていい顔貌である。

息を呑む佐吉へ、僧は独特の甲高い声でこう名乗った。

「拙僧は太原雪斎と申す」

ときは戦国。太田道灌によって生み出された鐵城(キャッスル)築城術によって、戦国の世は大いに乱れていた。三河国額田郡岡崎の若き当主にして鐵城(キャッスル)・岡崎城の城主、松平竹千代。のちの徳川家康となる少年は、心の臓が鉄と化す病に侵されていた。

鐵城(キャッスル)とは、龍氣を糧として城郭に命を与えて、城主の意のままに操る超兵器である。日本全国に巨大ロボットが跋扈する戦国時代、軽快な講談調で語られる若き日の松平竹千代の三河国統一記。ちなみにこれまで作者は講談調を意識していなかったとのこと。

戦国時代の小説なのに、巨大ロボットのみならず猛者海龍(モササウルス)だの四十七士だの西郷どんだのといったおふざけが楽しい。三河国周辺の奇人変人も含めて、田中啓文に通じるセンスを感じた。松平竹千代と石田佐吉の、兄弟であり友人であり敵であるという屈折した関係も鮮やかに描かれる。これぞエンターテイメントでありました。

瘤久保慎司 『錆喰いビスコ 7 瞬火剣・猫の爪』 (電撃文庫)

錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪 (電撃文庫)

錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪 (電撃文庫)

「無茶な仕事じゃないですよ、僕にはもうシナリオが見えてる。『猫』にはなくて『人間』にだけあるもの、それを使うんです」

「ふむ、それは何だ?」

「学歴ですね」

黒革に代わってパウーが忌浜知事になって間もなく。忌浜の街では人間が「猫化」する奇病が流行していた。平和を持て余していたビスコは解決に乗り出すが、砂漠に突如出現した巨大な猫の顔に吸い込まれてしまう。

猫たちの国、猫摩国を舞台に、猫になったビスコとミロが例の如くの大暴れ。アニメ化も発表されたシリーズ最新作。講談調で語ってゆくのは異世界転生、時代劇、猫類補完計画、そして猫と猫の愛ともうなんでもあり。

ストーリーとしては番外編に近いのかな。瞬火(またたび)猫世音(にゃんぜおん)魔誕子(またんご)といったテキストのセンスだったり、日常のように男へ愛の告白をする男だったり、男同士(片方は既婚者)なのにはっきり「つがい」を自称するし。定番となった楽しさがある。社会がなければ生きられない人間と、自由の象徴である獣の猫を混ぜ合わせて対比させる手法も、定番でありつつ作者ならではの熱が感じられる描き方だったと思う。アニメ化がきっかけでさらに読まれるようになるといいなと思ってます。



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オキシタケヒコ 『筺底のエルピス 7 ―継続の繋ぎ手―』 (ガガガ文庫)

いくら燈を取り戻そうが、そこは変えられない。“終わり”どころか、月の上位存在が先に目覚め、いきなり実力行使に出てきたのだから、これ以上引き伸ばしようがなくなったのだ。

千二百年以上続いてきた崑崙からの道は、昨日で途絶えてしまい、もはや歩めない。

これからは、未知なる荒野を渡っていくしかないのだ。

月に座す異性知性体に、地球上の三つのワームホールゲートが掌握された。更には、《門部》最強の処刑人、阿黍と屋内最強の狩人、霧島が敵の刺客として圭たちの前に立ちはだかる。一万九千回を超える“終わり”を経験した圭は、残った門部たち三組織の力を集結させて人類の終わりに立ち向かう。

最強の味方だったふたりの封伐員が今、最強の敵として人類の前に立ちはだかる。あるいは、人類の未来を賭けての壮大なきょうだい喧嘩。絶望の底を越え、超えるべきものはまだ高くとも、やるべきことが見え始めたかもしれない、シリーズ七巻。捨環戦と経た異界の自分との対話、そして新たな力と、クライマックスへ向けて助走をつけているように感じた。ここまで絶望に次ぐ絶望を見せつけられてきて、それでも越えてきたことに対する信頼というか、ある種の余裕さえ感じるような気がした。もはや安定の、文句なしの面白さだと思ってます。

『ALTDEUS: Beyond Chronos Decoding the Erudite』 (ハヤカワ文庫JA)

「僭越ながら、一つ質問をお許し下さい、ジュリー博士」ずっと黙っていたチルチルが、不意に口を開いた。「あなたのおっしゃるところの『人』の定義をご教授下さいますか」

「定義など必要ないさ。なにせ――君が人になった瞬間に世界の様相はがらりと変わってしまうから。これは比喩でも何でもないただの事実だ」

西暦2080年。メテオラと呼ばれる謎の巨人の襲来によって、人類の社会と文明は完膚なきまでに破壊された。生き残った人類が地下に逃れておよそ160年。地下都市A. T. ――〈Augmented Tokyo〉(オーグメンテッド トーキョー)で、私は過去を回想する。

原作シナリオ執筆陣による、VRゲーム『ALTDEUS: Beyond Chronos』のスピンオフアンソロジー。2080年のメテオラ襲来による渋谷崩壊を描いた高島雄哉「Mounting the World ――世界実装」。富裕層と貧困層に二極化された2150年代の〈Augmented Tokyo〉(オーグメンテッド トーキョー)を描くカミツキレイニー「JULIE in the Dark」。2220年代、完全にディストピア化され確実に弱りつつある社会で、評議員のミチルとAIのチルチルは子どもたちに踊りを教えていた。人の定義を、そして人としての喜びを問いかけ、青い巨人のバレエダンスが美しい小山恭平「Blue Bird Lost」が個人的にはベストかな。原作の監督柏倉晴樹の手による「Decording the Erudite」は、〈Augmented Tokyo〉(オーグメンテッド トーキョー)をその誕生から見守り続けたジュリー博士の、姉との葛藤を描く。

ゲームのスピンオフではあるけれど、古今東西の様々なSFに影響を受け、実績のある作家によって書かれた短編は意外なほど骨太。あらすじと設定を読んで気になったなら読んでみていいのではないでしょうか。


「……本物のタイムトラベルは、きっと少しだけ、悲しい」

「……? なんだそれ。タイムトラベルでもしたことあるような言い方だな」

「ないよ」

姉は少し困った顔で笑った。



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