紅玉ふくろう 『チヨダク王国ジャッジメント 姉と俺とで異世界最高裁判所』 (MF文庫J)

「……昔は、良かった……」俯き、呟く。「ただ、敵を倒していれば良かった。次は、もっと強い敵を。さらにもっと強い敵を、倒す。ゴールは、魔王城だと決まっておった。みんな、同じ気持ちで、ついてきた。その道だけ、見てれば……それだけで良かった……」

高校生のアクトは、姉ツカサの仕事を迎えに行った帰り、二人揃って異世界に召喚される。そこは日本の文化を模倣する異世界、チヨダク王国だった。東京地方裁判所の裁判官を務めるツカサは、チヨダク王国の王女エクスタシアからこの国の民を正しくお裁きするおジャッジ様になってほしいと懇願される。

かつて魔王を倒し、世界に平和をもたらした七十過ぎの老勇者。その罪を裁くのは異世界から現れた裁判官。第16回MF文庫Jライトノベル新人賞最優秀賞受賞作。コピペ魔法でつくられた王国だとか、居場所をなくした七十過ぎの老勇者の境遇だとか、光るパーツは間違いなくあるものの、それから出来上がったものは(本筋と関係ない部分も含めて)若干の古臭さを感じた。日本の法律に基づいているとは思うのだけど、こちらの知識がないのもあってか、いかにもゲーム的に簡略化された裁判は緊張感やリアリティが感じられない。法の知識を使って異世界裁判を描きたかったのはわかるんだけど、フォーカスすべきところがちょっとずれていたんじゃないかなあ、という気がしました。

駿馬京 『インフルエンス・インシデント Case:01 男の娘配信者・神村まゆの場合』 (電撃文庫)

知りたかったのだ。

人々がインターネットの匿名性を利用して、他者を攻撃する理由を。

匿名の第三者に攻撃された当事者が立ち直る手段、取るべき行動を。

人気の女装配信者「神村まゆ」こと高校生の中村真雪は、SNSを経由したストーカー被害に悩まされていた。オープンキャンパスを利用して山吹大学社会学部教授、白鷺玲華に相談に訪れる。解決に協力することにした玲華と、その助手で大学生で姉崎ひまりは、インターネットを起点とした事件(インシデント)に巻き込まれてゆく。

現代インターネットが生み出した正義と明るい闇がもたらす新しい破滅の形、それとおねショタを描く、第27回電撃小説大賞銀賞受賞作。インターネットはともかく、社会学からアプローチしたライトノベルとは珍しいし、Twitter、LINE、Instagramほかインターネットサービスを実名で出すのも珍しい。

インターネットでやらかして炎上し、そのまま社会から居場所をなくした人々や、「無敵の人」をどのように扱えばいいのか。濃厚にして簡潔なおねショタを間に挟みつつも、かなりドロリとしている。クライマックスのもろもろは少し安直な解決だと思ったけど、ここでリアリティを突き詰めると希望も救いもない話にしかならなそうだしな……。あと、何の説明もなく「府内」とか書くのは京都出身作家あるあるだろうか。良いものでした。


インターネットは便所の落書きに例えられるけれど、落書きどころか便所そのものである。

谷山走太 『負けるための甲子園』 (実業之日本社文庫GROW)

負けるための甲子園 (実業之日本社文庫GROW)

負けるための甲子園 (実業之日本社文庫GROW)

あのとき、甲子園の決勝であとアウト一つというところで啓人が投げたのは、ど真ん中の棒球。

つまりは、わざと打たれたのだ。

誰からも称賛されることはないだろう。期待を裏切り、踏みにじった。そしておそらく自分には、なにも残らない。

夏の甲子園決勝。筧啓人はそのマウンドに立っていた。1点リードで迎えた9回裏2アウト、啓人は逆転のホームランを打たれ、一千万円という大金を手に入れる。不可解な投球を問いただす捕手の矢久原を、啓人はある店に連れて行く。

第1回令和小説大賞選考委員特別賞受賞作。努力の末にたどり着いた甲子園の決勝で、彼はなぜ打たれることを選択したのか。デビュー作の高校卓球に引き続き、高校野球をテーマにしたスポーツ小説。……なんだけども、導入からリアリティラインをぶっ壊す、かなりの変化球が投げられる。正統派スポ根だった『ピンポンラバー』のようなものを想像していたのもあって正直かなり面食らった。そこが狙いでもあるんだろうけど、結構なもやもやを押し付けられたまま読むことになった。序章はそれだけで短編として完成しているし、結末は単体で悪くないと思う。しかしリアリティがブレブレなおかげで、たぬきに化かされたかのような、変な感覚でした。



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香坂マト 『ギルドの受付嬢ですが、残業は嫌なのでボスをソロ討伐しようと思います』 (電撃文庫)

――力がほしい。

なんでもいい。時を止める力でも、人知を超えた事務処理能力でも、なんなら無能な冒険者共に代わって私がボスをぶっ飛ばせるような力でもいい。

とにかくこの残業をなくせるならなんだっていい。強い力がほしい。

「全部ぶっ飛ばしてやるんだ……! 全部……!!」

ギルドで受付嬢として働くアリナ・クローバーは平穏を愛していた。終身雇用かつ毎日定時で帰れるために選んだ仕事だったのに、ダンジョンに現れたボスが原因で、ギルドに押しかける冒険者が急増して残業に追われる日々。平穏と定時を取り戻すため、アリナは単身ダンジョンへ向かう。

第27回電撃小説大賞金賞受賞。一攫千金を狙えるハイリスクハイリターンな冒険者ではなく、給料はそこそこでも平穏で終身雇用の受付嬢を選び、その立場を守るために戦う。いかにも現代的な、剣と魔法のお仕事ファンタジー&コメディ。なぜ必要以上に平穏を望むのか、理由付けがしっかりしているし、それをベースにした話運びも自然。無難にまとまっている印象が強いけど、悪くなかったと思います。

牧野圭祐 『月とライカと吸血姫6 月面着陸編・上』 (ガガガ文庫)

――私たちが月へ導いてあげましょう。

あの頃は邪魔者扱いだったコンピューターはプロジェクトの中枢となり、『打倒共和国』を掲げていたデイモン部門長は、共和国の人たちを相手に冗談を口にした。

世界は変わる。

そして、願いつづけた想いは、もうすぐ実現する。

東のツィルニトラ共和国と西のアーナック連合王国の共同計画、「サユース計画」が始動した。10年以上に渡って宇宙開発競争を繰り広げてきた両国が協力して月着陸を目指す、歴史的事業。ツィルニトラの宇宙飛行士、レフとイリナ、西のコンピューター技術者、バートとカイエは互いの文化と仕事の違いに驚く。

東西の二大国の共同事業「サユース計画」始動。アニメ化も発表された宇宙開発史の最新巻。司馬遼太郎が宇宙開発史を書いたらこうなったんだろうな、という雰囲気をなんとなく感じた。シリーズ全体に通じることだけど、ここまで書くのならノンフィクションを読んだほうが楽しいのではないか、みたいなことを感じてしまった。実際はこの巻からは史実から大きく離れることになるのだけど。虚と実のバランスというかさじ加減というか、難しいんだなと思わされました。



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