紙城境介 『僕が答える君の謎解き 2 その肩を抱く覚悟』 (星海社FICTIONS)

どうしてなんだ。

どうしてみんな、そんなに何も考えないで生きていられるんだ。

カウンセリングルームの引きこもり、明神凛音は真実しか解らない。クラスメイトの伊呂波透矢は、神の啓示を受けるかのように無意識で真実にたどり着いてしまう凛音の論理を推理したり、日常の世話を焼いたりしていた。ある日迎えた臨海学校で、ふたりは深夜に密会していた疑惑を押し付けられる。

謝罪することが重要なんじゃない。

そういうことがあると、知っていること。

誰かを傷付ける可能性を、頭の中に持っておくこと。

そうすれば、次は気を付けられる。

スポイルされた、易きに流れる、何も考えない人間にはならないでいられる。

臨海学校で対峙するのは、35人の嘘つきと、ひとりの正直者。「本格ラブコメ×本格ミステリ」の第二巻。本格ミステリとしての完成度は非常に高く、その上で三角関係を押し出したラブストーリー分も恐ろしく濃密。情報の密度が胸焼けしそうなくらい濃いのに、びっくりするくらい読みやすい。語りのスタイルは「継母の連れ子が元カノだった」や「転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?」と共通しているのだけど、ミステリを書く上でこれ以上ないほど活かしていると思う。

弁護士志望の主人公だけあって、単に謎を解くだけではなく、法や倫理(あくまで最小限の)を念頭に置いて考え悩み、人間についてままならないもどかしさに懊悩しているのがとても良い。それにしても、モリアーティみたいなゴリゴリの敵役が出てくるとは思わなかったし、チビギャルさんこと紅ヶ峰もかわいい。この作者の描くサブキャラクターはどれもほんとに魅力的。ラブコメ好きも本格ミステリ好きも読むといい。傑作です。



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水田陽 『ロストマンの弾丸』 (ガガガ文庫)

怒りという燃料はお世辞にも上質とは呼べず、燃え上がることで体を突き動かすそれは、同時に未那の心を確実に消耗させていた。

心というのは大食らいな上に偏食家なきらいがあり、他の滅多な動機では動こうとはしてくれない厄介者だ。悪党の前で剽軽な態度を取ることで恐怖と怒りから一時的に目を逸らしても、こうして事がすんだあとには、見て見ぬふりをしただけの自分の心と向き合うことになる。

終戦を機にマフィアたちが流れ込んだ無法の街トーキョーは、いつしかロストマンズ・キャンプと呼ばれるようになっていた。フィオレンツァ・ファミリーと「名誉ある橙」の二大マフィアがしのぎを削るロストマンズ・キャンプには、いつからか嘴の覆面を着けた義賊「ビークヘッド」が、10年前に起きた事件を探っていた。

運び屋の男と嘴の覆面は、マフィアの銃弾飛び交う無法の街を駆ける。第15回小学館ライトノベル大賞優秀賞受賞作。トーキョーをめぐるマフィアの抗争に母を殺された少女の復讐劇。あるいは組織に身を捧げ、捨てられた男の覚悟の物語。どストレートなハードボイルドの、現代的な翻案だと思う。お約束を忠実になぞっているので大きな驚きはないけど、いい意味でシンプルな読み口になっていた気がした。

岸馬鹿縁 『嘘つき少女と硝煙の死霊術師』 (ガガガ文庫)

人間よりも死骸を愛し、愚かで不善の選択をし、真っ当などとはとても言えない。

けれどだからこそ。まるでお祭り騒ぎのような生き様と、死に様を。

この世で唯一、死を祝福する愚か者達の代表として。

祝福する。

「あなたもまた、死霊術師らしい死霊術師だった」

死霊術とは、死者を蘇らせ使役する秘奥。ヴェルサリウス評議国は、汚れ仕事を請け負う国家死霊術師を密かに組織化することで発展を遂げていた。死霊術師のひとり、ウィリアム・ジルドルッドは、相棒の“死骸”(デッド)ライニーとともに国家の影で粛清の任務に就いていた。

第15回小学館ライトノベル大賞審査員特別賞受賞。死霊術師と死骸の、あるいは少年と少女のバディもの。オーソドックスなダークファンタジーだと思う。個人的にはあまり見るところはなかったのだけど、社会における“死骸”(デッド)の立場や、産業における大量の“死骸”(デッド)の使われ方は『屍者の帝国』を思わせるもので、ちょっとおっとなった。

蛙田アメコ 『九龍後宮の探偵妃』 (星海社FICTIONS)

「お前はどうせ民のなかには居られまいよ……人々の間にいたとしても、独りきりであり続ける。我が後宮は、そんな女たちの揺り籠であり、そんな女たちから民草を守る檻なのさ。囚われる自由というものが、ここにはある」

龍光国の都、哭安に暮らす武家の娘、燐紅玉。死を何よりも恐れ、名門の出でありながら探偵の真似事を繰り返していた紅玉のもとに、宮廷から使者がやってきた。使者の依頼は、九龍後宮で見つかった惨殺死体の謎を解き明かすこと。

謎を解かずにいられない、探偵妃が、後宮の数百人の女たちとわずかな宦官がひしめく後宮での密室殺人、幽霊、死体遺棄、妊娠の謎に挑む。帯に曰く「中華後宮ミステリー」。後宮が舞台になっている割には、退廃的な雰囲気がない……のは理由がある。セックスとジェンダーはわやくちゃになり、代々作られてきた男たちの政治はここで壊される。新しい時代と価値観が後宮から生まれる、という。まとまってはいるのだけど、割と唐突に話がひっくり返るので、テーマが後付けっぽく見えるのが気になった。

土屋瀧 『忘却の楽園II アルセノン叛逆』 (電撃文庫)

彼らは示し合わせたように言うのだ。

「わたしならあなたにいいお世継ぎを授けてさしあげられる」と。

なんのてらいもなく、当然のこと、というように。

そんなこと、これっぽっちも求めていないのに。

オリヴィアは自分が女性であることに改めて幻滅した。先に進もうとする自分に足枷をはめているのは、ほかでもなく自分だったからだ。

輸送船〈リタ〉の船員アルムのもとへ、父コランの訃報が届く。マリネリス島の研究施設ごと燃やされたというコランの死因を探るため、グレン・グナモアはアルムをマリネリスへと向かわせる。

数百年前の大戦争後の新世界、忘却の楽園〈リーン〉の歴史を、立場を異にする三人の少年少女から描いてゆく。異世界史、あるいは新世界史の第二巻。人間を殺す毒物であるアルセノンに依存して、古い価値観と新しい価値観が入り混じる様々な国と人々が、影から覇権を狙う。理想主義者と超保守主義派が影でぶつかり、強毒性アルセノンと弱毒性アルセノンを人為的に産み出してきた倫理。一巻と同様に、大きなスケールの世界と歴史を一から、実直に語ろうという意欲を感じられる。今一番続きが楽しみな大河ファンタジー。大変だと思うけど楽しみに待っています。



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