日向夏 『迷探偵の条件 1』 (MF文庫J)

俺は今日で十七歳。真丘家の男子は十八までに運命の女性に出会わなくてはいけない。でなければ――。

十八歳で必ず死ぬ。

真丘家に生まれた男はふたつの宿命を背負う。それは、18歳までに運命の女性に会わない限り必ず死ぬというとんでもない女難の相と、事件に巻き込まれまくる超探偵体質。高校生の真丘陸が17歳の誕生日を迎えた数日後、その目の前には学年主任のつり下がった死体があった。

行く先々であらゆる事件に巻き込まれる高校生探偵の事件簿・春の巻。作中で約二ヶ月しか経っていないのに、殺人を含めて四つも事件に巻き込まれるのは江戸川コナン並みでは。あの世界がいかに異様かが際立つ……。閑話休題。ミステリのお約束として、事件ごとに登場人物一覧がしっかりついている。固有名詞のない、記号的な役割で呼ばれる登場人物が多いため、記号的なミステリらしいミステリに徹するのかなと思ったら、話が進んでゆくことで名前のある登場人物が増えてゆく。トラブルを避けるため、頑なに他人の名前を覚えようとしない主人公の、社会的な成長という意味もあるのかしら。ひとまず続きを楽しみにしております。

悠木りん 『こんな小説、書かなければよかった。』 (ガガガ文庫)

「やりたいことも、行きたいところも何もない。けどそれでもいいんだ。だって私たち、お互いが隣にいれば、それだけでいいんだもんね?」

ひどく無邪気なつむぎの声に、わたしは束の間息が詰まった。

それはわたしもそう思っていたことのはずなのに、つむぎの楽しげな声の裏側から覗く感情の片鱗は、わたしのそれとは異なる色をしているような気がした。絡まったつむぎの指が柔らかな棘となって手の甲に食い込み、わたしを捕らえているような錯覚をする。

「永遠に?」「うん。永遠に」。幼い頃に交わした口約束。それ以来、しおりとつむぎは何をするにも二人一緒、ずっと変わらない関係のはずだった。ある日、入院中のつむぎがしおりにお願いをする。それはヒロインみたいな恋をすること、そしてそれをしおりが小説に書くこと。

この恋を小説にして、永遠に残してほしい。同じ永遠を望んでいたはずのふたりの少女の間には、成長するにつれて埋めようのない溝が生まれていた。小学生から高校生になるまで、過去の関係と時間に伴う心情の変化を、情緒を含め自然な、それでいて執拗な言葉で掘り下げる。ストロングスタイルの青春百合小説。「小説に残す」という目的が物語にあることが、明快でわかりやすい言語化を生んでいたのだと思う。とても良いものでした。青春小説の快作だと思います。

波野彼方 『中野森高校文芸部のホームズ&ワトソン』 (星海社FICTIONS)

「誰でも書けるけど、誰でもプロになれるわけじゃない」

思わずそう反論し、気付く。

そうか、私はプロになりたかったんだ。いつか見た夢――あのとき妄想と切り捨てた職業作家としての生活風景は、今にして思えば、とても心地よかった。

ただし、それはもう永遠に叶うことはない。

ある日の放課後、中野森高校文芸部の部室を一人の女子生徒が訪れる。来訪者、曲直瀬彰は、ミステリを書く人間を探しているという。作家志望の文芸部員、藤堂基子は、名探偵を目指すと宣言する彰に助手として指名される。

ノート盗難の謎、数量限定ショートケーキの謎、学年一位の謎。本格ミステリのフェアネスを重んじるワトソンと、名探偵志望なのにホームズを知らなかったホームズのコンビが謎を解き明かしてゆく。ガールミーツガール・日常の謎・学園ミステリ。派手さはないけど、全方向に卒のない語りが印象に強く残る。根っこに「小説を書く理由」があって、物語を動かしているのがいいなあと思った。

牧野圭祐 『月とライカと吸血姫7 月面着陸編・下』 (ガガガ文庫)

1960年、冷戦下で始まった宇宙開発競争。東西の大国が協力し、月面を目指す「サユース計画」は、1969年にひとつの結末を迎えようとしていた。

「そこに月がある限り、空想を現実にする挑戦をつづけましょう」

東西大国の宇宙開発競争の行く末を描いたシリーズ、完結。吸血鬼をはじめとしたあれこれを交えつつも、現実の宇宙開発を比較的忠実になぞってきた、と言って良いのかな。この一歩で世界は大きく変わるかもしれないし、ただの個人的な一歩にしか過ぎないのかもしれない。世界の未来にもふたりの未来にも、未知の希望が溢れている。あとがき(本には未掲載)も読んだけど、書くべきことは書ききった感はあった。シリーズを通していろいろと気になるところもあったけど、余韻と想像の余地を残す、良いラストだったと思います。お疲れ様でした。

さあ、帰りましょう。

新世界より、私たちの故郷へ。



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乙野四方字 『アイの歌声を聴かせて』 (講談社タイガ)

「時間は解決なんかしてくれない。傷口が固まっちゃうだけ」

AIが社会インフラの一部になった、少し先の未来。AI研究者の母を持つ高校生の悟美のクラスに転校生がやってくる。転校生の少女、詩音は人型AI開発を目的として秘密裏に進められたシオン・プロジェクトで開発された人型ロボットだった。

悟美を幸せにすると宣言し、どこでも歌うポンコツアンドロイドの詩音に周囲は翻弄される。先週から公開中の映画『アイの歌声を聴かせて』のノベライゼーション。映画の方はまだ観ていないのだけど、おそらく脚本に忠実なタイプのノベライズだと思われる。ひとを幸せにしたいと願い行動する純粋なAIと、様々な悩みが尽きない人間の対比がまぶしい。細かいSFとしてのあれやこれやよりも、映画的なビジュアルが強く浮かんで印象に残った。



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