番棚葵 『エプロンの似合うギャルなんてズルい』 (MF文庫J)

「わかったよ、契約成立だ。その代わり、このことは誰にも言うなよ。同じ歳の女の子に世話してもらってるなんて、何か格好悪いからな」

「おっけ。ウチも、家事とかお世話好きなの、友達にバレたら恥ずかしいし。お互いに秘密ってことで」

あみるは軽いノリでうなずくと、嬉しそうに微笑んだ。

同じクラスの柚木あみるは金髪にメイク、派手なファッションのいわゆるギャルである。そして、俺の幼馴染でもあった。あみるが中学でギャルデビューして以来、とんと疎遠になっていたふたりの関係は、奇妙な形で再び交わりはじめる。

家庭的なギャルと真面目な優等生のラブコメ。エプロンの似合うギャルなんてズルい、というタイトル通りのお気楽に読める甘々な一冊。再会に伴って出会えたもの、変わらないものと変わったもの。疎遠になっていた幼馴染が再び接近したときに見えたものがしっかり描かれるのは良いですね。

円城塔 『文字渦』 (新潮社)

表示される文字をいくらリアルタイムに変化させても、レイアウトを動的に生成しても、ここにある文字は死体みたいなものだ。せいぜいゾンビ文字ってところにすぎない。魂なしに動く物。文字のふりをした文字。文字の抜け殻だ。文字の本質はきっと、どこかあっちの方からやってきて、いっとき、今も文字と呼ばれているものに宿って、そうしてまたどこかへいってしまったんだろう。どう思う」

と境部さんが繰り返す。

「昔、文字は本当に生きていたのじゃないかと思わないかい」

過去、現在、未来。文字がいかに誕生し、進化し、生活し、変化してきたか。おそろしく頭の良いユーモアに屁理屈を加えて「文字」というものをこねくり回す、第43回川端康成文学賞受賞作。何を言っているんだ、みたいなアプローチがとんでもない発想に繋がっているのが楽しくて仕方ない。まあ、ちゃんと理解できているかが怪しいところではあるが。

松村涼哉 『犯人は僕だけが知っている』 (メディアワークス文庫)

両手を頭で抱え、瞳を閉じ、悲哀と困惑を解釈する――このえぐみは、どんな魔物で表現すればいい? ――どんなアイテムに頼れば解消される? ――底なしの闇に吸い込まれそうな不安に、勇者なら何を選択する?

現実をゲームで捉え直す、慣れ親しんだ精神を落ち着かせる方法。しかし、なぜか今日に限っては効果がない。

必要なのは現実逃避ではなく、怜悧な思考か。

過疎と高齢化が進む田舎町。その町立高校で、三人の生徒が立て続けに失踪する。学校は騒然とするが、僕だけは三人が生きていること、そして姿を消した事情を知っていた。しかし、それから間もなく四人目の失踪者が死体で発見されることになる。

「多分あっという間に時が流れると思うんだ。進学も就職もできず、いつの間にか、二十歳、二十五歳かも、三十歳かもしれない。そこでようやく人生が始まるんだけど、資格も職歴も学歴もないわたしが、何になれるんだろうね?」

彼女は空を見上げる。

「つら」

二文字の言葉が心に強く響いた。

現代日本のとある田舎町で起こった高校生連続失踪事件と、ひとつの殺人事件。その裏には何があったのか。自分を取り巻く恐ろしい世界をゲームとして解釈するという、認知行動療法としてゲームを制作し、ジョック・ヤングの「排除型社会」を愛読する高校生の視点から読み解いていく。「排除型社会」で語られ予言されたアメリカよりも不安定になり、相互理解ができないことが明らかになってしまった目の前の社会をいかに理解すべきか。いかに不安と向き合い、生きていくか。

ここ数作、社会派サスペンスを書いてきた作者にとっても、かなり大きなテーマだったのではなかろうか。現在進行形で回答のない物語であり、鬼気迫るものがあった。直接は関係ないけど、衰退した田舎町の象徴が廃ラブホテルなのいいよね。とても良い作品だったと思います。



持崎湯葉 『パパ活JKの弱みを握ったので、犬の散歩をお願いしてみた。2』 (ガガガ文庫)

「そもそも乃亜ちゃんってギャルなのかな。まずギャルは何をもってギャルなの?」

「確かに……趣味だけ見たらアタシ全然ギャルっぽくないな。ギャルって何、アタシって何? やばいなんか怖くなってきた抱きしめて」

ギャルなJK、香月乃亜は相変わらずお隣の独身サラリーマン、梶野の家に入り浸っていた。同級生の神楽坂、梶野の姪のえみりと当たり前のようにくつろぐ乃亜には、恋のライバルがいた。

この物語はシンデレラストーリーなどではない。

これは、何者にもなれなかった人間の、恋の物語だ。

乃亜の恋のライバルにして、梶野の会社の後輩にしてもうひとりのヒロイン、花野日菜子の過去。そして愛しいアラサー男の過去。タヌキ系ギャルのぐいぐいラブコメ第二巻。高校生と違って、大人にはいろいろなことがあるしあったよね、ということをオブラートに包みつつ、穏やかな空気の流れる空間を描いてゆく。キャラクターの奥行きというか、この巻で深みが一気に出たように思う。あくまでも軽い筆致だしするする読めるけど、そこに至るまではいろんなことがあったんだ、人間だもの。みたいな。タイトルと乖離してきている気もするけど、追いかけるのがぐんと楽しみになりました。



kanadai.hatenablog.jp

赤城大空 『出会ってひと突きで絶頂除霊!9』 (ガガガ文庫)

『ふざけるな……っ』

それは今にも泣き出しそうな少女の声。

『あんな厄災! 二度と起こさせない!』

かつて地上に性の理想郷(セックスアルカディア)を作り上げたサキュバス王。そのパーツである性遺物を狙った大規模テロは鎮圧されたものの、「サキュバス王の最後のパーツが奪われる」という予言は覆らない。テロリストたちからパーツを守るべく行動を開始する晴久たちの前に、謎の黒ギャルが現れる。

敵の目的は、ソドムとゴモラの復活。サキュバス王の復活をめぐり、神と悪魔とヒトの種族の壁を越えた争奪戦が始まる。思った以上にスケールを広げてきたシリーズ九巻。スケールが壮大に広がった分、設定の説明もちょい多めか。長く謎だったミホトの存在がここになってキーに……と言いたいところだけど、あまりに都合のいい記憶喪失は気になるところ。