川岸殴魚 『呪剣の姫のオーバーキル ~とっくにライフは零なのに~ 4』 (ガガガ文庫)

そういうことか。

やはり知るということこそが本当の魔法だ。

いかなる人間も自分を通して世界を認識する。

世界はひとつでありながら、自我というフィルターを通すことで無数の世界が生まれる。

ゆえに知ることは世界を変えること。

シェイの祖父にして六禍のひとつ、メッソル率いる変異魔獣軍が辺境府に襲いかかる。新たなエンチャントを加えられた呪剣〈屍喰らい〉を手に、呪剣士シェイと野戦鍛冶師テアは最後の決戦に挑む。

すべてに決着をつけるシリーズ最終巻。例によってコメディタッチな始まりだと思っていたら、そのタッチを活かしつつ、決戦が無茶苦茶かっこいいのに度肝を抜かれた。敵に襲来される中、決意を胸に心乱れず鍛冶に集中する鍛冶師も、変わり果てた伝説の英雄を相手に、地の利を存分に活かして立ち向かうど根性エルフも、最後の呪剣士ももちろん、すべての要素がかっこいい。今まで作者からは感じ取ることがなかった気合とかっこよさがあったと思う。終わってしまうのはもったいないけど、最終巻としてはこの上ないものだったと思います。お疲れ様でした。

泉サリ 『みるならなるみ/シラナイカナコ』 (集英社オレンジ文庫)

楽しくて、幸せで、内側から押し出されるみたいに涙がこぼれた。言葉が喉に詰まって上手く歌えない。でも声を出し続けた。曲の最後の音の余韻が消えたとき、それまで照っていた日が雲に隠されたのがわかった。終わってしまうのが寂しくて、私は顔も拭わないまま、ステージにぺたんと膝をついてギターのネックに縋りついた。

新興宗教で「幸福の子」として扱われたいた四葉は、唯一の友人に対して許されない罪を犯す。2021年度集英社ノベル大賞大賞受賞作の「シラナイカナコ」と、本気で音楽を志す鳴海が、高校進学を機に友人たちとガールズバンドを組むが、その募集に現れたのは紛れもない男だった「みるならなるみ」の二作を収録したデビュー単行本。「みるならなるみ」はまだきらきらした瞬間のあるガールズバンド小説と言い張れる。しかし新興宗教の粘度と湿度の高い描写と、そこからの脱出、さらにその後の現実まで描いてしまった「シラナイカナコ」は……。こんな枯れた(という言い方でいいのか)小説を書ける高校生がいた、という事実はなかなか恐ろしいものがある。いろんな方向の小説を書いてほしいし読んでみたいな、と思わされた。良きものでした。

逆井卓馬 『豚のレバーは加熱しろ(6回目)』 (電撃文庫)

もともと運命などというものは信じない性質だったが、この世界に来て、一つ学んだことがある。人の祈りに世界を変えるほどの力はない。しかし、世界が変わるとき、そこには人の祈りがあるのだ。様々な庵が人を動かして、世界を少しずつ、祈りの先へと方向づけている。

俺はそれを、運命と呼んでもいいのではないかと思っている。

最凶の魔法使いを打倒し、王都奪還に成功したものの、王と王弟はこの世になく、世界は深世界と融合したまま。イェスマたちの処遇もあり、王座を継承したばかりの若き王の背中には大きな荷物が伸し掛かっていた。

イェスマを解放するための「最初の首輪」を探すジェスたちの前に、不気味な連続殺人事件が立ちはだかる。シリーズ六巻は、わらべうたになぞらえた見立て連続殺人事件と、なんかそれっぽい探偵ごっこ。それがファンタジー世界を決定的にぶっ壊すラストにつながる。いやいくら振り幅が大きいったって、そんなん想像できるわけがないじゃないか! っていう。わりと自由にわちゃわちゃやっているのだけど、いつか破裂するであろう暗い不発弾が常に足元にあるのだ、みたいなことを意識させるストーリーテリングはしっかりしている。前も書いたけど、ミステリ的な語り方、なのかな。読み終わってテンションが上がってしまった。素晴らしく良かったです。

夜野いと 『夜もすがら青春噺し』 (メディアワークス文庫)

「不安がらずともお前が地獄に堕ちるなら、オレが一緒に堕ちてやるさ」

「千駄ヶ谷くん。私、卒業したら東堂くんと結婚するんです」。大学生の勝が高校時代から七年間秘めていた片思いは、22歳の誕生日の夜にあっけなく砕け散った。現実から逃れるようにやけ酒をあおる勝は、たまたまかち合った美女の飲み代を肩代わりさせられる。神を自称する胡散臭い女性は、飲み代の礼に願いを一つ叶えてやるという。

砕け散った初恋を取り戻すため、命をかけて二度目の大学生活を繰り返す。泣き虫大学生と自称神の一晩の出会いと何もできなかった四年間を描いた、第28回電撃小説大賞選考委員奨励賞。ユーモアと、ハッピーエンドなんだけどどこか物悲しさも残る。いくつもあった人生の分岐点で、何も行動しなかった過去を顧みて、この主人公かなりダメな奴なのでは? と思わされつつ、どことなく森見登美彦を連想した。いい意味でどんくさい、あきる野の森見登美彦というのかな(あきる野で合ってるよね?)。

水田陽 『ロストマンの弾丸2』 (ガガガ文庫)

「……あれ、もしかしてビークヘッド? 本物?」

「ハァイ、元気?」

道行く人々が未那に気づいて話しかけてくる。変声期越しでも疲れを隠しきれない声で、未那はその一つ一つに応えていく。走りながら。

「写真撮ってSNSにアップしていい?」

「もちろん。載せる時はハッシュタグをつけてね。『#BeakHead』、BとHは大文字、スペースはなしでよろしく」

ロストマンズ・キャンプで、神栖未那は“ビークヘッド”の活動を続けていた。治安維持に走る未熟な覆面のヒーローは、街のマスコットのような扱いをされながらも、徐々に受け入れられ、人々の「希望」になりつつあった。

「……お前は必ず殺す。最後に、最も残酷な方法で、殺してやる」

ばらまかれたドラッグが、炎の異能者が、不条理を何よりも愛するヴィランが、街に混沌をもたらす。一読しての印象は『スパイダーマン』と『バットマン』の換骨奪胎というか良いとこ取りというか。このテーマで目新しさはともかく、面白くならないわけがない。未熟なヒーローの成長や、周囲の大人たちの存在を非常にうまくまとめており、現代のヒーローものの要点をしっかり押さえた、読みやすいエンターテイメントになっている。なんだかんだ、読み終わってみると楽しかったです。



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