香坂マト 『ギルドの受付嬢ですが、残業は嫌なのでボスをソロ討伐しようと思います5』 (電撃文庫)

「アリナさん、俺、変なこと聞くんだけどさ」

ジェイドも自信のない声で、表情の端々に不安の色を滲ませながら、こう言った。

「もしかしてこの職員旅行、繰り返してないか?」

年に一度の冒険者ギルド職員旅行。今年の目的地は大陸にその名を轟かすリゾート、リル島の観光都市リーティアン。憧れのリゾート地に公費で行けることにウッキウキなアリナは、サービス残業で完璧な旅行プランを練り上げた。一泊二日の旅行が、長い悪夢の始まりだということも知らずに。

――悔しい。

ああ、悔しい。悔しくて悔しくてたまらない。一度、諦めかけてしまった自分が、憎くすらある。もはやどうしようもない現実を前に、諦めるしかない自分が憎い。

あの日からアリナはずっと思っていた。残酷な現実なんて全部叩き潰してやりたいと。

日常を離れたリゾート地、ループする一日、謎の少女幽霊、明らかにされるいくつかの謎。くじけない心と力で障害をねじ伏せる、強い女主人公の系譜にあるファンタジー第五巻。なんとなく「劇場版」のような舞台建てを感じる。ギャグとシリアスのバランスが、今どきの少年漫画的で実に楽しい。残業への想いや影を胸に抱えながら、圧倒的で芯のある「強さ」を持った主人公の描写は痛快で、とにかくかっこいい。キャラクターを活かした物語も、巻が進むごとにしっかり面白くなっている。ぜひ今からでもどうでしょうか。

メソポ・たみあ 『刻をかける怪獣』 (スニーカー文庫)

闘争心、破壊衝動、怒り、そして渇くような殺意――。それらが心を染め上げた時――俺の全身は、人であることを捨てた。

『――行くぞ、破壊の怪獣。この“刻の怪獣”が、あの時の無念を晴らす……ッ!』

2042年6月。一体の怪獣によって、東京が壊滅。その二年後、世界は滅亡した。それから10年。破壊を生き延びた蘭堂シンは、怪獣に殺された幼なじみの復讐の機会をうかがっていた。ある晩。人語を話す“刻の怪獣”に襲われたシンは、気がつくと11年前にタイムリープしていた。

刻の怪獣の力を手に入れた男は、何度も時間を越えながら、世界と少女の死の運命を殴り潰す。タイムリープ、そして怪獣対怪獣の「新バトルファンタジー」。ゴジラ、ガメラ、プレデター、ウルトラセブンなどなど、文字通り、古今東西の怪獣、特撮のオマージュからできている。タイムリープと怪獣でできること全部詰め込んだろ、という姿勢は良いと思う。リアリティレベルのコントロールがおかしい(全長6000メートルの怪獣に対して武器は刀だとか、喋るカンガルーと怪獣のどこが違うのかとか)し、後半はデウス・エクス・マキナがすぎるとか、細かいところを見ると粗もまた多く、そこを許せるかどうか。怪獣小説が好きなひと向けなのは間違いない。おおらかな心を持って読みましょう。

三月みどり 『同い年の妹と、二人一人旅』 (MF文庫J)

こうして、誰かと一緒に観光するのって初めてなんだよな。

そして……それは不思議なことにそんなに嫌じゃなかった。

バイト代で一人旅をすることが趣味の高校生、月島海人。ある日、父が再婚をすることになり、新しい母と妹ができることになる。新しい妹は、登別の旅館で出会った同い年の若女将、冬凪栞だった。

理由あって頑なに一人旅にこだわっていた海人。とつぜんできた同い年の妹にせがまれ、仕方なく「二人一人旅」をするうちに、新たな視点とお互いへの理解を深めてゆく。大きな事件が起こるわけでもなく、無邪気な元若女将の妹がかわいい。これと言って付け加えることのない、優しく穏やかな雪融けの物語でした。

月見秋水 『失恋計画と初恋計画 キミとの恋は、もう失敗しないから』 (MF文庫J)

ああ、楽しいな。彩葉ちゃんと一緒に恋愛術を学んで、お洒落をして、互いの恋を応援する時間が、とても愛おしい。

だけど、思えば私たちの壮大な『計画』は、この時から狂い始めていたのだと思う。

失恋してしまった晴海光莉。初恋が叶わなかった秋羽彩葉。年の違う友人であるふたりは、いっしょに協力してそれぞれの恋愛計画を作り上げて交換する。ふたりの愛するひとが、同じ男の子であることを知らないまま。

ふたつの恋愛計画、中学生から高校生になって変化する三角関係。そこから生まれる答えとは。「ルーム」という、コンセプトカフェのような、貸しスペースをミニテーマパークにしたようなものが一般的になった社会で、様々に関係を紡いでゆく。その一部だけど、ライトノベルでマリッジブルーを取り上げるのは珍しいかも。テーマは良いと思うんだけど、うまく生きていたかというと難しい。必要以上に回りくどい話になっている気がした。

小川哲 『地図と拳』 (集英社)

「君は満州という白紙の地図に、日本人の夢を書きこむ」

なぜこの国から、そして世界から『拳』はなくならないのでしょうか。答えは『地図』にあります。世界地図を見ればすぐにわかることですが、世界は狭すぎるのです。

満州に存在した、もともと人の住まない名前すらなかった土地。時代の都合でころころと名前を変えられ、形を変えたその都市で繰り広げられた策謀と殺戮を描く。日本、支那、ソビエトのそれぞれの視点を入れ替えつつ、1899年の夏から1955年の春の約半世紀を描く、歴史幻想小説。600ページオーバーのハードカバーというまごうことなき鈍器だけど、テキストは非常に読みやすく、死と暴力、時折挟まれるユーモラスな幻想と狂気がそれぞれ紙一重に重なってゆく様がすんなり入ってくる。テーマや読み口が『ゲームの王国』に近いものがあるのだけど、SFとして未来まで書かれたそちらに比べると、現実により寄り添ったこちらは閉塞感と無常観が強い。昨今の世界情勢と重なるところもあり、戦争の空虚さと、現実に起こったことを考えてしまう。



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