蒼井祐人 『エンド・オブ・アルカディア2』 (電撃文庫)

「……死ねないのに、どうして戦えるの? 何のために戦っているの? それって命よりも大切なことなの?」

《アルカディア》の破壊から二ヶ月。軍産複合企業テレサから逃れた秋人とフィリアたちは、協力して戦いながら生き延びていた。そんなある日、《エラー517》と表示される病変に倒れる仲間たちが続出する。治療のための設備を求め、秋人たち2400人の少年兵は移動を開始する。

死んだら生き返れないのに、どうして戦えるの? 戦い続けて死に続けて生まれ続けた子どもたちは、死ねない世界に足を踏み入れる。だいぶアーマード・コアに寄せていた気がするけど、一巻同様、いかにもゲーム的なミリタリの挙動だったり、小悪党の暗躍だったりを、誠実かつシンプルにテキストに落とし込んでいると思う。ゲームの小説家を意識したという話の軽さを、変に取り繕わないところが良い方向に出ていた。間違いなく好みは割れるだろうけど、はっきりした問題意識が見える作風は個人的にはとても良いと思っております。



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ヰ坂暁 『舌の上の君』 (集英社)

異世界はいつまでも異世界ではないのかもしれない。別な世界から放りこまれた俺もその内側に取りこまれ、いつしか順応していく。異郷の空気や水、食い物の味に慣れるように。

俺が「異世界人」でなくなる日が遠くない将来、きっと訪れる。アイサが熟す時と一体どちらが先なのか。

実際に帰れるかどうかより、今はそのことが恐ろしかった。

料理人、厨圭。日本から迷い込んだ異世界で、彼の命は間もなく尽きようとしていた。どことも知れず、言葉も通じない異世界の砂漠で、現地人の少女アイサに命を救われたクリヤ。自分を受け入れてくれた君府の生活に徐々に馴染んでゆく中で、この異世界の恐るべき真実を知ることになる。

至上の美味を持ち、食べられるために育てられた少女アイサ。異世界人のクリヤは、少女と心を通わせながら、彼女を調理する日を迎えることになる。第2回ジャンプホラー小説大賞編集長特別賞受賞のデビュー作。異世界に転移してしまった料理人が現地の習慣と価値観に翻弄される。一言で言うなら「ミノタウロスの皿」を掘り下げた感じかなあと読みはじめたら、あっという間に引き込まれた。日本人と異世界人の価値観、死生観の違い。死者を調理して食べ、永遠に一緒になることを願う食葬(ガナザル)という習慣。その「異世界」に取りこまれてしまうかもしれないことへの恐怖。穏やかでありながら、何かが隠されたまま流れる時間。人肉の味。静かなテキストで語られるすべてのディテールがあまりに好きすぎる。

ホラー小説ではあるけど、怖さより哀しみばかりが募った。最新作の『世界の愛し方を教えて』があまりに好みの傑作(こちらも「異世界」の小説だったね)だったので急ぎ読んでみたら、こちらもまた大傑作でした。



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八目迷 『琥珀の秋、0秒の旅』 (ガガガ文庫)

「弱者の共感では、強者の正論に勝つことはできない。……けどな、カヤト」

駅に着く。

僕たちは足を止めて向かい合った。

「強くならなきゃ生きていけないなら、それはこの世界が間違ってる。俺は弱虫かもしれないが、間違ってはいないぞ」

秋の函館駅前、11時14分36秒。東京から修学旅行に来ていた麦野カヤトは、ここで世界の時間が止まる瞬間に遭遇する。周囲の何もかもが静止した中で、カヤトは自分と同じように動ける地元の少女、井熊あきらと出会う。止まった時を動かす手がかりを求めて、カヤトとあきらのふたりは東京を目指すことになる。

恐ろしいものは、すべて未来で待っている。なのに未来という言葉には、いつだって前向きなイメージがつきまとう。

なぜなら、そう思わないとやってられないからだ。

函館から東京へ、数ヶ月に渡る0秒の旅。ボーイ・ミーツ・ガールから始まるロードノベル。徒歩で青函トンネルをくぐり、高速道路を南下しながら、ふたりはお互いについて語り合う。太陽は動かず、風も吹かず、雨は空中に留まり続け、ふたりだけが動ける世界。時間SFとしては都合の良すぎる(というようなことを作中でも言っている)小説ではある。ちょっとネタバレになるけど、時間が停止した理由も、それが解消する過程も、笑っちゃうくらいあっさりしているのよな。「嘘と痛みのない世界」はどこにもない。そのこと自体が、恐ろしいものが待っている「未来」に残った希望を意味しているのだと思った。あとがきで言う「誰かの暗い安心感」に強く寄り添う、優しい物語だったと思います。

鶴城東 『衛くんと愛が重たい少女たち』 (ガガガ文庫)

なんならぼくが誰かに好意を向けることを、気持ち悪いとまで言ってくる。はっきり確認を取ったわけじゃないけど、凛は、ぼくから「性欲」の匂いがするのがとにかく嫌なんだろう。

そんな凛にとって、ぼくの失恋は、溜飲が下がるほどに「面白い」話だった。

佐賀の田舎町に住む少年、森崎衛は女難の相に見舞われていた。姉にはいいようにおもちゃにされ、片想い中の幼なじみはこっちの気持ちを知ってか知らずか男をとっかえひっかえ。そんなある日のこと、東京でアイドルをしていた従姉の京子が芸能界を引退して帰ってくるという。ナーバスになっていた衛は成り行きで京子と男女のお付き合いをすることになる。

……え、待って。

理屈が異次元すぎて……なにこれ?

怖。

衛くんの周りには一癖も二癖もある少女たちばかり。三角四角関係ラブコメ……というには重く、良い意味でタイトルに偽りがない。「(泣)」じゃあないんだよ帯よ。ちょっとした描写(吐き捨てられた「死ねよ」への反応とか、内斜視とか、見て見ぬふりをする家族とか)の粘度がいやに高く、読み終わってしばらくどんよりした気持ちになった。最年長なのに大人げない京子の暴走が唯一の癒やし。というか、主要人物なのに何を考えているのかまったく説明のない姉がいちばん怖かった。どんよりしたラブコメのようなものを読みたいひとはぜひ。良かったです。

新八角 『チルドレン・オブ・リヴァイアサン 怪物が生まれた日』 (電撃文庫)

「雪降りそう」

姉が漏らしたその言葉通り、この時期に気仙沼で雪が降るのは珍しいことではなかった。そして、やはり姉の言葉通り、そんなクソ寒い日に、外に出るべきではなかったのだ。

二〇一一年三月十一日。

その日、怪物が暮らす街は跡形もなく消え去ったのだから。



環太平洋沖に現れ、世界中の海域を支配した巨大生物、レヴィアタン。通常兵器では対抗できないレヴィアタンに対抗すべく、人類はヒト型兵器《ギデオン》を生み出す。レヴィアタンに姉を奪われてから11年。高校生の善波アシトは、気仙沼でギデオンに搭乗していた。


「だとしても……国連軍は人類が団結してレヴと戦うための組織です」

「その人類の定義は、政治によって決まるんだよ」



傍若無人な怪物だった四歳児は、2011年3月11日、姉を失い、願うことを忘れて、怪物ではなくなった。ヒト型兵器に搭乗して日々海に潜り、消えた姉の遺骨を探していた少年に訪れる変化と覚醒を描く、「海と喪失を巡るロボットジュブナイル」。


【君が、救ったんだ】

たとえこの声が届かないのだとしても、伝えずにはいられなかった。

【君だけが、救ってくれたんだ】

あの日も、今日も、決して揺らぐことのない一つの事実がある。

【君は――この世界で一番の、怪物だよ】



描かれているのは、少しおかしくなってしまった世界で、大人も子供も社会も組織も形を変えながら必死に生きること、なのだと思う。「怪物」という言葉に込められたいくつもの意味を噛み締めて、冒頭のヨブ記の引用を読み返すと、こみ上げてくるものがある。久しぶりの新刊、とても良かったです。