鳴海雪華 『悪いコのススメ』 (MF文庫J)

僕の口の中で、僕の舌と胡桃の舌が複雑に絡み合う。唾液を混ぜ、お互いの過激な部分をべろりと撫でて刺激する。その動きは、粘膜に接触する異物を押し返そうとしているようでも、干渉してくる相手を蹂躙しようとしているようでもあった。

熱い。粘着質な水音と、荒い呼吸音だけが部屋の中で響いている。

舌の動きが激しくなるにつれて、胡桃は僕の後頭部の髪を強く握った。

つられて僕も胡桃の背中のワイシャツを強く握る。

教師による暴言、人格否定、学力差別。歪んだ価値観が当たり前のこの進学校の屋上で、夏目蓮はタバコを吸っていた。それはたったひとりの小さな反抗。そこに現れたのはひとりの後輩、星宮胡桃。すでに退学することを決めていた彼女は、最後に学校への復讐に協力するよう持ちかける。

タバコとキスが結びつけたふたりの校内テロリストは、手を取り合って復讐へと堕ちてゆく。第18回MF文庫Jライトノベル新人賞優秀賞受賞の、「青春ピカレスク・ロマン」。暴言と成績で生徒たちをコントロールするような歪んだ学校をぶっ壊す、というテーマは青春もののライトノベルだとそれなりにあると思っている(『バカとテストと召喚獣』とか)のだけど、洗脳や依存までを真に迫った描写で突っ込んで、ド直球で向き合った作品はかなり珍しいのでは。誰とも共有できない価値観を各々で抱えながら、ふたりきりの部室でキスを繰り返し、学校への復讐の計画を練る。薄暗くてインモラルな、モラトリアムの有り様は、端的に言ってとてもエロいですね。価値観の歪んだ学校で、歪みきれなかったふたりの物語は、セカイ系の正統な後継者なのかもしれない。とても良いものでした。

逆井卓馬 『豚のレバーは加熱しろ(7回目)』 (電撃文庫)

「世界は、変わってしまうのは一瞬なのに、変えていくのには途方もない時間がかかります。お豚さんたちは、それを変えようとしているのでしょう。とても立派なことです」

新国王シュラヴィスは、招待移住(ジノーキス)と称して解放されたイェスマたちを城内へと、半ば強制的に集めはじめる。シュラヴィスから面会すら許されず、その真意をつかめない豚とジェス。なんとか王に会おうとするふたりの前に解放軍の少女セレスが現れ、「自分を殺してほしい」と訴える。

王朝軍から追われる身となった豚一頭と美少女ふたり。逃避行の行方は、王の真意は、そして王朝軍と解放軍の戦いと、超越臨界(スペルクリッカ)で変わってしまった世界の行く末はいかに。アニメ化も発表されたファンタジーの第七巻。豚の皮をかぶったはいるけど、裏切り、悲恋、偽りの民族融和、血統のもたらす狂気と悲劇、といった要素をミステリの文脈で描く、土台のしっかりしたダークファンタジーですよ。あとがきの「某社にも色々あったようですが」とはどこのことを言っているのかな? タイトルその他で損している部分はあると思われるけど、もっと読まれていい小説だと思っております。



butaliver-anime.com

松村涼哉 『暗闇の非行少年たち』 (メディアワークス文庫)

働き始めて一週間で肌が荒れ始め、額に特大のニキビができた。二週間で休日にもゲームで遊ぶ気力さえなくなって、四週間で不眠症になった。薬局で買った市販の睡眠薬は効き目がよくて、つい飲み過ぎる。規定の三倍も飲んで朝まで気絶する。オーバードーズという言葉はSNSのタイムラインで知った。メチルエフェドリンやジヒドロコデインを含んでいる風邪薬が良いらしい。店頭で大量に買うと、店員にマークされるからネット注文で購入する。十錠ほど一気に飲み込んで脳みそをぶっ壊す。いずれ肝臓に異変をきたす。そのリスクも理解していたが、やめられない。

少年院を退院した18歳の水井ハノは、与えられた生活にも仕事にもまったく馴染むことができず、ギリギリの状態にいた。金も行き場もない若者たちが集まる、名古屋・栄の「ブル前」で、ハノは「ハーブ」の入った封筒を受け取る。だが、その封筒に入っていたのは【ネバーランドへの招待状】と書かれた、仮想共有空間(メタバース)のアドレスだった。

新宿のトー横、大阪のグリ下と並ぶ名古屋・栄の「ブル前」にて、少年院を退院した若者たちに渡された仮想共有空間(メタバース)の招待状。顔も名前も知らない、居場所のない子どもたちに、仮想の空間を提供する【ティンカーベル】の目的とは。答えの出ない、現在進行形の問題を描く。今までこういうものを書きたかったんだろうな、という意味で、作者のひとつの到達点かつ通過点なんだろうなと思った。綿密な取材のあとが見て取れる一方、ラストのような幕引きはおそらく作者も信じてはいないだろう。いくらなんでも現実に寄り添いすぎではないかと心配になった。読んでる最中も、読み終わってからも変な腹痛がずっと止まらないよ……。メンタルに重くのしかかる。読むときは気をつけてほしい。

八目迷 『ミモザの告白3』 (ガガガ文庫)

セミの声と扇風機の稼働音で満たされていた部屋に、ぎい、ぎい、とパイプ椅子の軋む音が加わる。

生徒指導室に人が戻ってくるまで、ぎい。ぎい、と西園は音を鳴らし続けた。

文化祭が終わり、平穏を取り戻しつつある11月初頭。クラスメイトに避けられがちだった汐も、徐々に受け入れられつつあった。そんななか、クラスの問題児、西園アリサが、東京からの転校生、世良と衝突する。

「誰かとぶつかってばかりじゃしんどいよ」

哀れみを含んだ声音。

余計なお世話だ。

「そうですね」

廊下に出ると、私は後ろ手でドアを閉めた。

変化の中で怒りと苛立ちを募らせ、「クラスの元女王様」は歯車を大きく狂わせていく。シリーズ三巻は、受け入れられつつある変化を受け入れられず取り残された人々の話。揺るがぬ自己を持ち、トリックスターとして存在感をどんどん大きくしている世良と、舐められないように気を張り、自暴自棄になるかわいそうな西園アリサの対比があまりに鮮やかに、残酷に描かれていた。それぞれが持つそういった強さと弱さのグラデーションが「人間味」というやつなのかな……。一筋縄ではいかない、本当に良い青春小説だと思っております。

立川浦々 『公務員、中田忍の悪徳5』 (ガガガ文庫)

間違えてはいけない。

そもそも中田忍は、本物の真面目な地方公務員などではない。

本当に真面目な中田忍が、たまたま地方公務員になっただけ。

忍を動かせるのは公務員としての高尚な奉仕の精神ではなく、己自身の信義なのである。

謎の力で戸籍が与えられ、徐々に文字を理解しつつある異世界エルフのアリエル。秘密裏の保護者たる中田忍は、アリエルを現代社会で生きられるよう、周囲の仲間たちを巻き込み行動を開始する。社会性と日本語を急激に吸収して理解するアリエルは、己の出自をその口で語り始める。

弱者にはとことん厳しい現代社会で、異世界エルフが生きるために必要なこととは。そして、ついに異世界エルフことアリエルの出自が明かされる第五巻。ファーストコンタクトだと思って読んでいたけど、まさかこういう話になるとは思ってなかった。言葉を手にしたあとに、最初に交わした言葉「ボベャルカッアッツロヌ」に戻るのがとても良い。というかそもそも意味がある言葉だなんて思わないよ! 大人と子供、現代日本と異世界、社会とそのはみ出しものを対比させた物語と、なんだかんだとトンチキさを忘れない語りのバランスもますます磨きがかかっている。本当に良い物語だと思います。