白金透 『姫騎士様のヒモ4』 (電撃文庫)

俺たちはたくさんの絆で結ばれている。一本一本は糸のように細くても、あちこちに絡みついて簡単にはほどけない。彼女と出会って一年と三ヶ月ばかり。時が経てば経つほどそいつは増えていく。増えれば増えるほど、がんじがらめになって身動きがとれなくなる。

そしていつか、俺たちの首を絞める時が来る。互いの首を絞め合う時が来る。

共に歩む限り、俺たちの運命は地獄への一本道だ。

それでも、俺とアルウィンの絆は、断ち切れない。

アルウィンの故郷から戻ってきた一行を迎えたのは、『スタンピード』が近いにも関わらず建国祭の準備に浮かれる「灰色の隣人(グレイ・ネイバー)」の姿だった。太陽神教団ソル・マグニが暗躍する迷宮都市に、滅びの時が近づきつつあった。

迷宮病を乗り越え、故郷から帰還したアルウィンとマシュー、そして迷宮都市の冒険者たちと、都市にはびこる太陽神教団の暗部の決着を描いたシリーズ第四巻。滅びを目前にした迷宮都市の姿と、そこに集う裏も表もある冒険者たち。アルウィンが「姫騎士」を名乗る理由に、命綱(ヒモ)とのがんじがらめの依存。たぶんだけど、今だからこそ描写に実感と重みが生まれた部分もあったのだと思う。ここまでの総決算にふさわしい、見事な第一部完だったと思います。でもまあ、本当の地獄はここからはじまるのかもしれませんね……。

鵜飼有志 『死亡遊戯で飯を食う。3』 (MF文庫J)

人の幸福には、楽観視の色眼鏡が必要不可欠らしい。

ならば、私は一生、幸せにはなれないだろう。

目を覚ますと、幽鬼(ユウキ)は水着を着て孤島の海辺にいた。44回目のゲーム、〈クラウディビーチ〉の始まり、プレイヤーは8人。その翌日、プレイヤーのひとり、永世(エッセイ)の切り刻まれた死体が発見された。

遊園地で、海辺で。〈30回目〉で失った指を模造品で補い、それでも99連勝を目指して、彼女は死亡遊戯を続けていた。少女たちの死亡遊戯、第三巻。露悪的でキャラクター性を強めた、その場限りの見世物としての殺し合いでも、積み重ねることでいろんなものが生まれる。絆とか、因縁とか、恨みとか……。「魔法少女育成計画」が好きなひとには刺さるのではないでしょうか。

無人の孤島が舞台ということもあってか、今回は特にクローズドサークルみが強かった。解説(の一人)で斜線堂有紀が「変則的な特殊設定ミステリ」というのがいちばんわかりやすい巻だと思う。リーダビリティもエンターテイメント性も高いので、とりあえず気になるワードがあれば手に取ってみていいかもしれない。良かったです。

塩崎ツトム 『ダイダロス』 (早川書房)

それでもおれは、『勝った』と言う連中と、『負けた』と言う連中の特徴をしっかりと吟味し、頭の中で整理していった。その甲斐もあり、九月の一日、おれは天啓を得た。〈勝った〉派と〈負けた〉派には、一度気付いてしまえばもう間違えようのない、明らかな特徴があった。〈負けた〉派は、ほかの同胞が砂を噛むような、塗炭の苦しみを味わっている最中でも、抜け駆けをして、敵国に尻尾を振り、汚い金を稼いでいる連中だった。奴らはこの新大陸で財産をつくった暁には故郷に錦を飾るという目的も忘れて、日銭を稼ぎ、蓄えることばかりに躍起になる、ユダヤ人のような連中だ」

1973年、ブラジル西部のマット・グロッソ州。非道な人体実験を主導したナチの生物学者を追って、ユダヤ人の人類学者アラン・スナプスタインと医師ベン・パーネイズが降り立った。アマゾンの未開の地には、敗戦を認めない日本人移民〈カチグミ〉の残党とナチの優生主義者の作った都市があった。

第10回ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞作。1970年代、精霊と生命の境界が曖昧なアマゾンの奥地に作られた、デマと陰謀論と優生主義のはびこる王国の興亡を描く幻想冒険小説。アル中のユダヤ人人類学者と、何者かの視点を交えてその歪な世界観が語られる。陰謀論者の身勝手な狂気は丁寧に描かれるのだけど、それ自体に特別な新鮮味があるわけではないかな。選評で言われているように、前半がちょっと長いのだけど、終盤に入ってからはノンストップでした。

石川博品 『冬にそむく』 (ガガガ文庫)

幸久は西の空を眺めた。天気がよければ富士山が見えるはずだった。

彼はここから見る景色を愛していた。夕方、空の向こうに日が沈み、残光が思いもかけぬ色に空を染めるとき、彼はいつもうつくしさに涙が出そうになった。本当ならそれを彼女にも見せたかった。どれほどことばを尽くすより、ともにその光景を見ることで自分をわかってもらえるはずだと思った。

気温が上がらない夏、九月に降る雪。一年も経たず、すっかり変わってしまった世界。この「冬」は永遠に続くのだと人々は静かに絶望していた。一面雪に覆われた砂浜に、サーファーも釣り人も絶えた神奈川県出海町。ここで育った高校生、天城幸久は、この「冬」から同級生の真瀬美波と付き合っていた。

終わりのない「冬」。雪が降り積もる氷点下十数度の海沿いの町で、ふたりは逢瀬を重ねる。変化した日常、変化した世界で描かれる静かな青春恋愛小説。生活環境も変わり、このまま世界は終わってしまうに違いないと、静かに絶望しながら高校生活を送る幸久の、それでも着実に成長してゆくさまがとても良い。当たり前のことを細やかに、ひたすらに静かに描き出すことのうつくしさみたいなものを書いた小説だったのかもしれない。とにかく静かな印象が強く残りました。

小川楽喜 『標本作家』 (早川書房)

私は、生涯、人間という生き物を畏怖しながら、その強さと美しさに憧れて、彼らの願っている幸福とは何か、なぜ人々は争ってまでそれを手にするのか、多くの物語のなかで賛美されている人間性とはどのようなものか、それらについてを考えて、自分自身の幸せからは遠ざかっていった、痴れ者です。人のかたちをした不安です。

人類が滅亡し、地球が氷に覆われた西暦80万2700年。高等知的生命体「玲伎種」によって再生され、不老不死化を施されたわずかな数の歴史的作家が〈終古の人籃〉に収容されていた。19世紀から28世紀にかけて歴史に名を残す偉大な文学者、恋愛作家、ファンタジー作家、ホラー作家、SF作家、ミステリ作家……。永遠の命とひとつの願いを叶えるため、作家たちは作風や才能を混淆させながら、「玲伎種」に捧げるための共著を永遠に書き続けていた。

第10回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作。人類がもういない世界で、数十万年以上に渡る、精神を混淆させながらの執筆活動は何をもたらし、何を遺すのか。人間への尊敬と畏怖が故に、この世界の創作を終わらせようとする巡稿者メアリ・カヴァンの選択したものは。「創作とは何か」、「人間とは何か」という問いかけを描いた小説は数あれど、数十万年以上の時間と歴史上の作家たちへの溢れんばかりのリスペクトを使って語る。贅沢かつ純粋が過ぎる。元グループSNE所属ということもあってか、まずキャラクターを作って、ロールプレイを回している感覚はあった。厚さと設定に対して高いリーダビリティも良く、作家たちの主観が現出し混淆してゆく〈終古の人籃〉の描写をもっと読みたかった。大賞にふさわしい良い小説だったと思います。