てにをは 『ヤクモとキリヱ』 (MF文庫J)

「侵略的外来呪タニファ。報告にあった通りでした。不忍池の霊的異変の元凶です。河童を捕食して増えていたことは想定外でしたけど」

古来から存在する「在来呪(しゅ)」を喰い荒らす、海外由来の超常的存在「外来呪」に、神態系は乱されつつあった。そんな外来呪に対処する霊能力者集団である神代寮の新人、神坐火花降は、仕事の最中にひとりの男に出会う。

『オマエ……ナンダ?』

「山田厄雲。人間だよ」

――嘘ツキ。

怪人はそう思った。

呪いのために外せない仮面を付け、金も仕事も失うものもないけど不死身の強さを持つ、文字通りの「無敵の人」、山田厄雲。個性的な霊能力者チームの神代寮は、いかにもワケアリなヤクモとともに、侵略的外来呪に立ち向かう。令和の少年ジャンプの雰囲気(有り体に言うと『チェンソーマン』とか)があるアクション怪奇譚。明快ですっきりしたテキストのおかげか、ビジュアルやアクションがすっと想像できる。そういう意味でも少年漫画的と言えるか。「ダンチの怪」はわかりやすかった(舞台が東京郊外の「アークハム団地」)けど、それ以外の話も元ネタがあるんだろか。明快で軽快で楽しいアクション小説でした。

香坂マト 『ギルドの受付嬢ですが、残業は嫌なのでボスをソロ討伐しようと思います8』 (電撃文庫)

「いい? アシュリー」アリナはにっこり笑うと、一言一言言い聞かせるように、アシュリーの目をのぞき込んでゆっくりと口を動かした。「世の中にはね、『ここに名前を書いて下さい』って元気な声ではっきり伝えても、次の瞬間平気で住所を書いてくるやつがいるの。人の話なんてなぁぁぁんにも聞いちゃいないのよ」

「えぇ……? いい歳した社会人が?」

「いいわよもっと言ってやりなさい」

ギルド本部に、イフール最大の新カウンターがオープンする情報を入手したアリナたちは、多忙なオープニングスタッフに引き抜かれないか戦々恐々としていた。そんなある日、アリナの弟、アシュリーがインターン生としてギルドにやってくる。

インターンとして仕事場に来た大学生の弟と残業したり、休日にケーキ屋デートをしたり、被りそうな新たな仕事から目を逸らしつつ、それなりに充実した日々。それと同時進行で描かれる大陸の危機と、冒険者たちの行き着く終着。平和でのんきでラブコメな前半から、どんどんと不穏な空気が濃くなっていく第八巻。アニメ化したからこそできた前後編だったと思う。ちょいちょい言ってるけど、令和のスレイヤーズになれるファンタジーだと思うので、アニメ化を機に読んでみるといい。



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王城夕紀 『ノマディアが残された』 (中央公論新社)

「ウイルスの伝染力は恐ろしい。が、それ以上の伝染力をもつのが言葉だ。言葉は伝染する。伝染し、増殖し、変異し、感染した人間を変容させる。その感染力のおよぶ過程が、人間の歴史と呼ばれる。人間という種にのみ甚大な症状をもたらすウイルスが、言語だ。だから神は言語を散り散りにした。人間は罰と取ったが、全知全能による感染予防策だった。なのに人は愚かにも、自動翻訳をつくり出した」

定住する土地や国家、国籍を持つことのできない「動民」が一億人を超え、世界各地に点在する「ガーデン」と呼ばれる難民キャンプで、定住民との緊張関係を生み続ける時代。日本国外務省複製課は、アウトブレイクの発生したあるキャンプから失踪したエージェントの行方を追う。

残された手がかりは、「ノマディア」という、どんな地図に載っていない国の名前だった。「国家免疫学」に基づき治安維持される世界、技術に飲み込まれ変容した国家と人間の関係、DNAのように複製され増殖する言葉、特定の属性だけを狙うウイルスとそれを使用したテロ。誰もが語っているのに、誰からも顧みられない一億人の動民。絶望しか見えない世界の残された希望と、手。はしがきにあるように、まさに22世紀に向けて書かれた小説なのだと思う。これからのスパイ小説、現代SF小説の新しいスタンダードになりうる。とんでもない力作であり、読まれるべき傑作でした。


希望、という意味だと彼女は言っていた。

もはや彼のなかにだけ存在する思い出を、死者は見ていた。

彼女は言っていた、ともう一度呟く。

すべての子の名前は、希望の別名なんだと言っていた。

榛名千紘 『異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち』 (電撃文庫)

あなたという存在はこの世に唯一。だから自分らしさ、個性を大切にしよう、だなんて。

歴史上、最も真実から遠いスローガンだと僕は思っている。だって、ここで言う『個性』というのは、究極的に他人との比較の中でしか見出だせないものだから。自分一人しかいない世界だったら、そもそも個性なんて言葉すら生まれないだろう。

ミューデント。それは、ミュトスとスチューデントから名前が取られた、第二次性徴期から若い間だけ発現する、空想上の存在の特徴を持った生徒たちのこと。普通の高校生、古森翼は、幼なじみの先輩でサキュバスのミューデント、斎院朔夜に振り回され、生徒たちのお悩み相談を受ける「文芸部()」を立ち上げることになる。

サキュバスにウェアキャット、人魚に雪女。望んだわけでも選んだわけでもない、それでいて大したこともできない異能力という「個性」。その発現に翻弄される、思春期の少年少女たちの悩みを描く。与えられた「個性」のおかげで他人や社会からの差別や偏見にさらされ、人間関係がおかしくなり、自分らしさを見失う。そんな彼女たちに「文芸部()」がそっと寄り添う様子には、誠実さと優しさがにじみ出ていた。デビュー作とはちょっと違った形の、でも雰囲気とテーマは共通したとても良い青春小説でした。タイトルと表紙に騙されず読んでみると良いと思います。



kanadai.hatenablog.jp

青葉寄 『夏に溺れる』 (ガガガ文庫)

一緒に殺そうよ。まるでコンビニにでも誘うような、気やすい誘い方。お菓子を買うのと人を殺すのは、わけが違うのに。数日前まで光に「人を殺すってどういうことかわかってるの?」なんて言っていた私は、その悍ましさを完全に忘れている。

暑い夜だった。昼間のひどい日差しが蒸気のように夜に居座りつづけ、脳がふわふわ揺れて気分が悪くなる。

全部夏のせいだ。私が趣味の悪いゲームに乗ったのも、命を軽く扱うことに躊躇いがなくなったのも、悪いのは私じゃなくてこの夏だ。それでいいのだと、光が言った。

「母さんを殺してきた」。夜凪凛が元クラスメイトの夏乃光に告げられたのは、8月24日、終業式の朝だった。学校内ヒエラルキーの最上位にいた光は、人間関係の構築が下手な凛に、逃避行とゲームを提案する。ルールは8月31日までの一週間、殺したい人間を互いに一日一人ずつ殺すこと。

八月の最後の一週間、行き場をなくし、未来も希望もなくしたふたりの高校生は最後に向けて逃避行に出る。第18回小学館ライトノベル大賞受賞。殺人という禁忌にだんだん麻痺していく感情だったり、感情を表現し理解することができず、人間関係を構築することの難しさだったり、衒いのない言葉は良い意味でとてもシンプル。それでいて暗く複雑な心情を十二分に語ることに成功していると思う。誰かが言っていたとおり先祖返りした暗黒青春小説の雰囲気もあり、しかし間違いなく、現在の18歳の心情が現れた小説だった。表現したいことと技量のバランスが奇跡的に取れた印象もあり、新人賞大賞にふさわしい作品だったと思う。ぜひ結末まで読んでほしい。良いものでした。

心のどこかで、この夏は永遠なんだと思っていた。無意識に、そう思い込もうとしていた。

馬鹿だなと自嘲する。

どんな時間も、すべからく終わりを迎えるものだ。

でも、その終わり方に意味があるのだと信じたい。