ラッタウット・ラープチャルーンサップ/古屋美登里訳 『観光』 (ハヤカワepi文庫)

観光 (ハヤカワepi文庫)

観光 (ハヤカワepi文庫)

ぼくらは、屋根の向こうに沈んでいく夕陽が、赤とオレンジと紫と青に変わっていく壮観な景色を最後まで見とどけた。兄さんはバンコックの夕日が世界一美しいと言った。「公害のせいだよ」と兄さんは言った。「空の色を引き出すんだ」そしてふたりで最後の煙草を吸ってから屋根を降りた。

カフェ・ラブリーで

観光よ。バンコックの駅で切符を買うと母が言った。ガイジンになるの。観光客になるのよ。

観光

表題作「観光」は,大学進学を控えた息子と,間もなく失明を迎える母親の「最後」の観光旅行の道行きを描く.強い母親と動揺する息子という普遍の母子関係を,観光地の楽しさや美しさに交えつつ.
兄さんに連れていってもらったカフェ・ラブリーの思い出.「カフェ・ラブリーで」.「ぼく」と「兄さん」の関係というか距離感というか,良いなあ.
「こんなところで死にたくない」.バンコックの日本企業で働く息子のもとへやってきた老人の困惑を,ユーモアと切なさを交えて.バンパー・カーでどんがらがっしゃんする泣き笑いのラストはすごく好きだ.
「闘鶏師」は町のボスの息子に目をつけられた闘鶏師の父がおかしくなっていく様を娘の目から描く.わりとどうしようもない父親と,それを支える母親,見つめる娘という構図.
ほかの収録作は,「ガイジン」とのハーフであるぼくがガイジンに抱く複雑な感情「ガイジン」カンボジア難民の少女プリシラとの出会いと別れ,プリシラ.年に一度の徴兵抽選会の日の出来事,「徴兵の日」.1979 年シカゴ生まれ,タイ育ちの作者による 2005 年のデビュー作を含む短篇集.各国からの観光客である「ガイジン」への屈折した思いや貧困,諦観といった部分を一貫して根っこに持っている感じ.タイの市場のにぎやかさ・猥雑さ,景色の美しさを交えての描写は素晴らしい.紀伊國屋書店のワールド文学カップで MVP を獲得ということで手に取ってみたわけですが,期待に違わない非常に良い作品集でした.