ゴッゴル

「唐突だが,君はゴキブリを知っているかね」
「はあ,そりゃ知ってます」
「ゴキブリは好きかね?」
「苦手すね.ヤツら,三角コーナーの生ゴミを漁ったり,狭い隙間に何匹もうようよ固まってたりして気持ち悪いじゃないすか.こないだ洗濯機の裏に一匹逃げたんで殺虫剤を吹きかけたんすよ.そしたらゴキブリが何匹もうわーっと這い出してきましてね.腰抜かしました.奴らの溜まり場になってたんでしょうな.ああ気持ち悪い.昆虫の中ではゴキブリがいちばん苦手すね」
「なるほど.では君はネコを知っているかね」
「はあ,そりゃ知ってます」
「ネコは好きかね?」
「好きですよ.あの愛らしい目,しぐさ.とっても気まぐれなところもチャームポイントすね.うちの飼い猫もね,普段は素っ気無いのに遊んで欲しいときには擦り寄ってくるんすよ.ああ可愛い.ゴミ捨て場の生ゴミを漁ったり,人の庭に勝手に入り込むってんで嫌ってる人もいるみたいですけど,ゴミは期日に出せばいいわけだし,庭に入ったからって目くじら立てるのも神経質すぎますよね.とにかく動物の中ではネコがいちばん好きですよ」
「なるほどなるほど.では訊くが,なぜ君はゴキブリが嫌いでネコは好きなのかね?」
「……いま説明したばっかじゃないすか.ボケましたか?」
「面と向かって失礼なやつだな.私はボケちゃおらんよ.君はいまゴキブリとネコの共通点を挙げてくれたね.どちらもゴミを漁るし,勝手に動き回る.ところが君はゴキブリはダメ,ネコは好きと言う.これは何故だろう?」
「そんなの決まってるじゃないすか.ゴキブリはキモくてネコは萌え.簡単なことでしょ.やっぱボケました?」
「どうしても私をボケ老人にしたいのかい.その最大の差異はなんだと訊いているんだ」
「うーん,やっぱりそれは外見じゃないすかねぇ.ところで『さいだいのさい』ってシャレのつもりすか.いまいちすよ」
「君は下らんことばっか気が付くね.まあそれは置いといて,だ.そう,問題は外見なのだよ.想像してみなさい.もし体長5センチほどのネコがいて,それが君の部屋の中を走り回ったり遊んでいたとしたら可愛いとは思わんかね?」
「ああ,それは可愛いかも知れないっすねえ.ハムスターみたいな感じすかね」
「そう,まさにそのとおり.私は考えた.すべてのゴキブリを,例えばネコのように可愛らしい外見にすれば,人々はその存在におびえずにすむうえ,無駄な殺生もなくなる.いいこと尽くめではないか,とな」
「殺生って,ゴキブリは害虫っすよ」
「だまらっしゃい!」
「だまらっしゃいって…….キャラだんだん変わってきてないすか」
「そこで私はゴッゴルを発明したのだ」
「無視かい.そのゴッゴルってなんなんすか」
ゴッゴルはゴキブリに作用するウィルスの一種でな.感染したゴキブリのDNAを書き換える働きを持っているのだよ.ゴッゴルに感染したところで,そのゴキブリ自体には何の影響も現れない.見た目上はな.影響は数世代後に現れるのだ」
「といいますと」
ゴッゴルキャリアのゴキブリどうしはやがて交配し,子を産むだろう.生殖機能にはなんら影響を与えないからな.その子の世代どうしがまた交配し,その子がまた子を残し…….数世代を経る頃には,ゴッゴルの力によってゴキブリのDNAは大幅に書き換えがなされていることだろう」
「すると?」
「言わずもがな.ゴキブリの外見は今とは似ても似つかないものに変化するのだ.それこそ新聞で叩き殺したり殺虫剤を吹きかけようなんて気も起こらない,可愛らしいものにな」
「……」
ゴッゴルウィルスはもう3ヶ月ほど前に完成しててな.撒布も終わっている.空気感染するものだが,もちろんゴキブリ以外には無害だから心配することはなにもない.そろそろ成果が出る頃だ.ああ,楽しみだ楽しみだ」
「えーと,先生? 最近,ニュースとか観てますか?」
「いや,最近は忙しくてな.新聞もろくに読む時間がないのだよ」
「じゃあここ数日の巨大ゴキブリのニュースも知らないすよね?」
「え?」
「大きさ30センチもある,それこそネコみたいなサイズのゴキブリがたくさん見つかってるんすよ.夜のゴミ捨て場を荒らしたり,家の軒下に巣を作って大繁殖したり,あちこちで被害が続出しているっていう話っす.いつもネコに餌をあげていた御婦人がいつもみたいに餌場に行ってみたら大量の巨大ゴキブリに襲われてショックのあまり失語症になったなんてニュースまでありました」
「……」
「これって,そのゴッゴルの影響なんじゃないすかねえ.いまのお話から察するに,姿じゃなくて大きさをネコレベルにするようにDNAを書き換えちゃったんじゃないんでしょうかねぇ,先生」
「……」
「先生? もしもーし」
「飯はまだかっ!!」
「うわ,ほんとにボケちゃったよこの人」
ギャフン.