松本晶 『あるいは脳の内に棲む僕の彼女』 (角川春樹事務所)

あるいは脳の内に棲む僕の彼女

あるいは脳の内に棲む僕の彼女

私は時々こう夢想します。見た目もゴツいネアンデルタールは、我々の祖先、ホモ・サピエンスを自分たちより美しいモノだと認めてしまった。だから、自ら生存競争の舞台から降りたのではないかと。旧人、つまり猿人と現人類の中間に位置する種とはいえ、ネアンデルタールも何がしかの「文化」を持っていたようです。文化とは、本能でもなく、ダーウィンの進化論的な自然選択でもない、架空情報(幻想、とも言う)による社会安定システムです。そこで淘汰圧的に有利なのは、すなわち見た目、それが優美な現存人類に敗れてしまった、いえ未来を譲ったのだと、私はそう考えています」

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「シャレにならない難病持ちのオタク専用スレ(腐女子も可)」で知り合った友人の片桐君が,二十歳を目前にして亡くなった.僕こと小西志信は,片桐君の遺言により,最新の第四世代汎用移動人型人工知能──「人型AI」を相続することになった.
第九回小松左京賞の最終候補作品*1.有機ナノマシンで形成された完璧すぎる肉体と美貌,さらにマスターに都合の良い性格を持つ AI の存在を通じて,ひとの意識を語る.人間的な肉体と不可分の AI のある社会を描く導入部は意欲的でおっと惹きつけられた.秘書や作業補助として,金持ちやキモオタの愛玩用として.そして裏では移植臓器やスナッフムービーの道具として.AI はロボット三原則をもとにした人工知能三原則に則り,人権を持たないが故に都合よく扱われ,所持者は一部から白い目で見られたりもする.オタクであるために都合の良い人工知能に微妙な距離を取ってしまう主人公や,AI を意識あるものとして見ようとしない人々の,意識を巡る論議も興味深い.
のだけど,後半に進むに連れて粗が目立っていくのが少しというかかなり残念だった.細かいところでいうといくつかあるけど,いちばん気になったのは各人物の言動に説得力がなくなっていくこと.ラスト近辺で理由が(おそらく)説明されるとはいえ,物語そのもの説得力まで急速に失せていく感覚で,掴みが良かっただけに一層きつかった.

*1:受賞作は森深紅 『ラヴィン・ザ・キューブ』