フレドリック・ブラウン編/小西宏訳 『SFカーニバル』 (創元推理文庫)

SFカーニバル (1964年) (創元推理文庫)

SFカーニバル (1964年) (創元推理文庫)

むろん、こんなことが起こるはずがない。ところが起こったのだ。
それが起きた日の午後二時半に、アブナー・グリーアは、次の作品に登場させる悪玉は、(a)琴座から来たザリガニ男にしようか、それとも(b)アンターレスから来た蟻人間にしようか決めかねて、寝室を行ったり来たりしていた。目玉も飛び出しておらず、複眼も持っていないような生物に、それほど重要な役を与えるとは、アブナーには思いもよらないことだった。アブナーはSF作家だったのである。いやそれともSF作家になろうとしている、といったところだろうか。野心とその実現とのあいだには、まだ多少の障害が横たわっていた。今までどの雑誌も、彼の作品を買ってくれたことがなかったのだ。

SF作家失格

地球人 税務署の役人だ! おっ父! ハンク!(バレン・ダールにはゼイムショノヤクニンということばの意味が、まったくわかりませんでしたが、地球人の声色から察するに、身分の卑しいものというふうに思われます)
バレン・ダール われわれはゼイムショノヤクニンではない。友だちだ。
地球人 え?
バレン・ダール われわれはゼイムショノヤクニンではない。友だちだ。

火星人来襲

マレー・ラインスター「ジョーという名のロジック」.ロジック,継電器(リレー),検閲回路からなる情報化社会は完全にインターネットだこれ.すごいんだけどあまりに今の現実に近すぎてどう褒めたらいいのか分からない.
社会調査局に勤務するユールは,ミュータントを買い取ってほしいという手紙を受け取り現地へ赴く.そこにいたのは人語を話す馬だった.SF というより落語を読んでいるような気分になるエリック・フランク・ラッセル「ミュータント」.面白いのは間違いないけど,お前ミュータントって言いたいだけ違うのかと.
SF作家志望のアブナーは未来人に攫われ,散々な目に遭う.ネルスン・ボンド「SF作家失格」.似たような話はあとにも書かれたはずだけど,オチの脱力感はなかなか得難いものだと思ったのですよ.
事物とは心の概念であり,常人に拠っている.いっぽう,狂った人間は論理的である必要はない.フレドリック・ブラウン「恐竜パラドックスは常人の世界と狂人の世界が存在することを描く.さすがブラウンというか,このアンソロジーの中でも一歩も二歩も抜きん出ている感がある.
H・B・ファイフ「ロボット編集者」.秘書ロボット(指が 24 本あってタイプが得意)やら梗概作成ロボットやらの専業ロボットがドタバタするレトロフューチャーな出版社が楽しすぎる.
ほかの収録作はマッド・サイエンティストが活躍する呑気な時間跳躍もののロバート・アーサー「タイム・マシン」スペースオペラ短篇クライブ・ジャクスン「ヴァーニスの剣士」.醜い男が蚤のサーカスを始めた経緯,ラリー・ショー「宇宙サーカス」.どこかの田舎にやってきた火星人がうすのろの地球人と噛み合わないやり取りをするマック・レナルズ「火星人来襲」.物体伝達装置を備えた新発明の自動販売機がつながった先は火星だった,ジョージ・O・スミス「地球=火星自動販売機」
フレドリック・ブラウンによって編まれたユーモアSFアンソロジー.編纂されたのはもう 50 年以上前になるのだけど,テクノロジーに寄っていないせいか古びた感じが意外なほどしない.「人間と蟻との違いは,笑うことである,そしてSF作家の多くはユーモアの重要性をよく知っている」とまえがきで言うブラウンはさすがよく分かっているなあと思ったのでした.