コリイ・ドクトロウ/金子浩訳 『リトル・ブラザー』 (早川書房)

リトル・ブラザー

リトル・ブラザー

「この国はいったいどうなってるんだ、マーカス? おまえの世代は、これよりもっとましなものを受け継ぐべきなのに」そして父親は体を離したが、ぼくはその顔に深いしわが刻まれていることに気づいた。それまでは気づかなかったしわだった。

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サンフランシスコ湾で爆弾テロが発生した.ベイブリッジは爆弾で沈み,数千人の命が奪われた.高校生のマーカスは,避難中にテロリストの疑いをかけられ,友人たちといっしょに国土安全保障省(DHS)に拘束される.マーカスは厳しい尋問を受けたのち解放されたが,サンフランシスコの街は大きく変わってしまっていた.
「安全」を守るため,DHS と警察は市民から自由とプライバシーを奪った.マーカスたち少年少女は Linux をインストールした Xbox を利用したネットワークを武器に,DHS に抵抗すると同時にテロ以来行方不明となった友人を探す.安全を求めるがゆえどうしようもなく窮屈になってしまった世界と,そこでぼくたちにまだ出来ることの話.描いているテーマは伊藤計劃にかなり近い印象.ヤングアダルト向け小説であるためか,ストーリーはよりシンプルで,電子メールや暗号など技術の概要説明は噛み砕いていて非常に分かりやすい.ハッカーではあるけど天才ではなく,何度も似たような失敗を繰り返し(時には大泣きする)周囲のいろんな助けを受ける主人公と仲間たちがなんとも言えず愛おしい.身近で分かりやすく,青春小説としても抜群に面白い.
マーカスたちが「自由」を勝ち取るため選んだ手段といい,とてもフィクションとは思えない部分もいくつか.事実は小説より奇なり,をこれほど実感した小説ははじめてかもしれない.