中島京子 『エ/ン/ジ/ン』 (角川書店)

エ/ン/ジ/ン

エ/ン/ジ/ン

「だってそれはみんな、子供番組の作り話じゃなくて、現実の話なんだもの」
憎しみと報復、暴力と殺戮の、永遠に終わることのない連鎖が、人間の本質そのものだと思ってしまったら、きっとその誰かは、エンジンになってしまうよ。
そうでない何かがあるなんて言ったって、きっとその耳には届かないよ。
だって、そうじゃないと証明するのが不可能に思えるくらい、世界は憎しみに満ちてるんだもの。
そうじゃない世界があるよって言ってあげることすら、憎しみを掻き立てる原因になりかねないもの。

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勤務先をクビになった葛見隆一のもとに,幼稚園の同窓会の招待状が届いた.送り主は,〈トラウムキンダーガルテン〉という,一年で閉鎖してしまった「夢の幼稚園」の園長・蔵橋礼子の娘,蔵橋ミライだった.ミライは行方不明の父親を捜していた.認知症でほとんど記憶のない礼子によれば,彼は大変なエンジンカだったという.
1970 年代に端を発する父親探しの旅.学生運動ベトナム戦争連合赤軍,『宇宙猿人ゴリ』…….特撮ヒーローの悪役の哀しみ,戦場の哀しみ,過去の事物が 21 世紀の現在まで連綿とつながり,ひとつの結論を導いていく.タイトルは厭人と猿人をかけたもの.比較的淡々と,そのころの出来事の切片を描いてつないでいるだけにも見えるのだけど,それが妙に幻想的で,ひどく混沌とした物語でもある.そもそもの知識がないのもあるけど,70 年代ってのは今では及びもつかない混沌とした時代だったんだなぁという印象を強く受けた.極度の厭人家だったミライの父の哀しみに,100 パーセント感情移入することは自分には正直難しい.というか想像で補うことしかできない.現代と地続きでひどく近い昔に,不思議な時代があったのだなあと,言葉にしがたいふわふわしたものを腹に抱えながら読みおえたのでした.